2017年6月4日日曜日

家路 12

 中西部支局から山の家モントレーまでは静音ヘリで向かった。乾いた灰茶色の地面に次第に植物の緑が加わり、なんとなく農耕が出来るかなと言った感じの平坦な狭い台地が見えてくると、ライサンダーが操縦席のゴールドスミスに「あそこ」と指さして着陸地点を指定した。さもなくば畑の上に着陸されてしまうからだ。
 ドームから中西部支局までは軽ジェット機で来た。遺伝子管理局北米南部班第2チームの支局巡り出張で、いつもと違ったのは、チーフ秘書のダリル・セイヤーズ・ドーマー、航空班静音ヘリ・パイロットのマイケル・ゴールドスミス・ドーマー、それにダリルの息子のライサンダーが同乗していたことだ。ゴールドスミス・ドーマーはFOKのリーダー、ニコライ・グリソムを逮捕した功績で準保安課員の資格を得ていた。その資格による任務として、ダリル・セイヤーズ・ドーマーの監視と護衛を遺伝子管理局から仰せつかったのだ。これは彼にとっては非常に幸運な任務だった。いつもは東海岸でドームと周辺支局や出張所との間を行ったり来たり日帰り飛行ばかりしていたので、初めて遠方で飛べるのだ。
 支局のヘリのパイロット達は一般人だ。遺伝子管理局としては要人であるフランシス・フラネリーや地球的重要人物である進化型1級遺伝子保有者のダリルを一般人に任せたくなかったので、ドーマーの護衛を付けた。局員を使わなかったのは、ただ局員の中にヘリの操縦免許所有者がいなかったからだ。クラウス・フォン・ワグナー・ドーマーはチーフ・レインに付いて西海岸に出かけてしまっていた。ダリルは自分でも操縦出来るのだが、自分で自分の監視と護衛は出来ない。それでゴールドスミスが選ばれた。
 支局のパイロット達はゴールドスミスに機体のチェックをさせ、山の気象について説明をした。ダリルもその説明に加わった。山のことは支局の連中より熟知している。

「ようするに、岩や樹木にローターをぶつけなければ良い訳だ。」

とゴールドスミスは言った。勿論、その他の不測の事態が起こりうることは、彼は百も承知だった。
 ダリルは1年振りの我が家に戻る前に、保安官の事務所を訪ねた。違法クローン製造がばれて遺伝子管理局の追求から逃亡していると言う嘘をついていたので、その収束が必要だった。ポールからは嘘をつき通せと言われていたので、戻って来た理由も嘘をつかねばならない。良心が痛んだが、保安官にはこれらかも山の家を見張ってもらわねばならない。

「ライサンダーが成人登録して市民権を得たので、家に戻れることになったんだ。でも、私は服役しなきゃならない。息子と一緒に遠縁の女性が住むことになったので、彼等を守ってやってくれないか?」
「おやすいご用だ。服役って言ったって、遺伝子管理法違反の服役は1年か2年だろう? また戻って来るよな?」

 ダリルは曖昧に微笑んだだけだった。
 支局に戻ると、驚いたことに支局長秘書のブリトニー嬢がいて、妊娠5ヶ月の体で局員達に珈琲を振る舞っていた。相変わらず軽装と愛嬌のある笑顔で男性達をドキドキさせている。ライサンダーさえもが、彼女と笑顔で言葉を交わしていた。ゴールドスミスなどは鼻の下を伸ばしてデレデレと彼女と握手などして喜んでいた。

「結婚されたので、お仕事は引退されたのかと思いました。」

とダリルは彼女が彼に珈琲を配ってくれた時に囁きかけた。ブリトニー嬢は、(もう既婚なので「嬢」はおかしいのだが、彼女はお腹が大きくなってもその呼称が似合いそうで)、おかしそうに笑った。

「最初のうちは家の中に居たのですけど、すぐ飽きちゃって、私が不機嫌になるのが夫は嫌だったのでしょうね、彼の方から支局長に私を再雇用してくれって頼み込んだのですわ。それで、秘書は別に男の人がいるのですけど、こうして本部の人が来られた時に私がお世話することになったのです。その方が本部の方達のご機嫌が良いからって支局長が言うの。」
「貴女はこの支局のアイドルですからね。」
「貴方も本部の局員だったのですってね。隠密活動でラムゼイを探ってらしたの?」

 なんだかデマが流れていた様だが、ダリルはよくわからなかったので、これも曖昧に笑って誤魔化した。
 なんとかライサンダーがこの土地に復帰する足がかりは出来そうだ。都会生活に慣れてしまったライサンダーが、故郷の町を見て、田舎だなぁと溜息をついていたが・・・。
 ゴールドスミスは西部劇の世界に実際に足を踏み入れて感動していた。ヘリの準備が整うと、少し手慣らしと称して町の上空を2,3周飛んでみた。牛の群れを見た、とか、馬がいた、とか平素の彼らしくないはしゃぎ様なので、流石にダリルも「落ち着け」と注意したほどだ。
 そして支局に到着して半日後に彼等は山の家モントレーに到着した。静音ヘリで半時間の距離だ。
 土埃が収まるのを待ってから、2人のドーマーと1人の若者は地面に降り立った。

「わぁ、荒れ地だ!」

 開口一番、ライサンダーが我が家の感想をそう述べた。
 畑はすっかり雑草だらけの野原に変わっており、石造りの家は外観はそのままだったが、中は砂だらけだった。窓は割れていて、獣が入り込んだ形跡もあった。
 ダリルはゴールドスミスに居間の掃除を済ませるまでヘリの中で待機するよう頼んだが、パイロットは自分も掃除をすると言って入って来た。

「へぇ、こんな家を独りで造ったのかい、セイヤーズ?」
「うん・・・1年かかったけどね。ライサンダーが試験管の中にいる間に突貫工事で造ったんだ。」
「大したもんだよ、あんた。」