2017年6月5日月曜日

家路 14

 翌朝、ダリルは固形燃料のストーブで目玉焼きとベーコン、コーンブレッドを焼いて珈琲を淹れた。昨晩のメニューと大して変わらなかったが、誰も文句は言わなかった。
フランシス・フラネリーは午後にやって来る予定だ。買い取りと同居の話をして、倉庫番の仕事があるライサンダーは彼女と共に夜ポートランドへ帰る。ダリルとゴールドスミス・ドーマーは支局に戻ってホテルで1泊してからドームに戻るつもりだった。
 取り敢えず、昼食と掃除の必需品を調達する為に、ゴールドスミスとライサンダーが町へ買い物に行くことになった。
 ダリルがリストを書き出していると、ゴールドスミス・ドーマーが尋ねた。

「叔母さんはここをもう買い取ったのかい?」
「否、買い取ったのは彼女の従妹だ。ニューポートランドの事件の後で、従妹のドッティ夫人がライサンダーの家と、この家と地所を買ってくれたのだが、後でこの土地が州のものだと判明したので、土地の買い取りは白紙に戻った。ドッティ夫人はライサンダーの叔母・・・面倒だから本名を明かすが、ミズ・フラネリーと言う・・・」
「フラネリー?」

 ゴールドスミス・ドーマーはポール・レイン・ドーマーとハロルド・フラネリー大統領にまつわる噂を知っていた。

「ああ、やっぱりレインはフラネリー家の子供だったんだな!」
「そう言うこと。でもあまり口外しないでくれ。取り替え子の件があるから。」
「わかってるって。ドーマーが誰の子供なんて、僕等には関係ないから。」
「話を戻すと、ミズ・フラネリーは現在パリに住んでいるが近日中に母国に引っ越して来る。それで住む場所を探していたので、ドッティ夫人がこの場所を提案したら、すぐ飛びついたそうだ。ミズ・フラネリーは食糧事情の悪い国に援助する活動に参加していて、このモントレーの土地は農耕の実験に丁度良いと思ったらしい。」
「それで、こんな辺鄙な場所を買ってくれる訳か。」
「ライサンダーの子供の世話もしてくれるそうだし、ライサンダーがこの土地のことを知っているので一緒に畑を耕して生活する計画だ。」
「じゃぁ、後は州政府から土地を安く買い叩くだけだな。」

 ドーマーのゴールドスミスはフランシスが金持ちであることも警護が付くこともあまり気にならない様だ。

 そうさ、ドーマーは世間とはずれているんだ。

 買い物リストを書き終えてパイロットに手渡した時、ライサンダーが家の外で叫んだ。

「父さん、誰か来るよ!」

 ダリルとゴールドスミス・ドーマーは戸口に行った。フランシスが来るのは昼頃だし、警護の都合上、彼女もヘリを利用するはずだ。だが、彼等の目に入ったのは土埃をまき揚げながら山道を登ってくる1台の黒塗りの乗用車だった。

「あれは遺伝子管理局の車じゃないかい?」

 ゴールドスミス・ドーマーが額に手を当てて山道を眺めた。ダリルも目を凝らして見た。確かに支局の車だ。

「この時刻にここへ来るなんて、かなり朝早く支局を出たんだな。」
「誰か来ると連絡があったか?」
「ない。」

 家に近づいて来た黒い車は埃だらけになっていた。眺めている3人の男の前に停車すると、ドアが開いてスーツ姿の男が降り立った。スキンヘッドに黒いサングラスで、いかにも悪そうに見えた。
 ゴールドスミス・ドーマーが笑って声を掛けた。

「ここまで地上を這って来るなんて酔狂だな、チーフ・レイン!」
「俺は中西部支局のヘリには絶対に乗らないんだ。乗るのは本部の人間が操縦桿を握る時だけだ。」

 ポール・レイン・ドーマーは不機嫌そうな声で言い返したが、それは埃のせいだった。
ゴールドスミスがライサンダーに声を掛けた。

「それでは、僕等は買い物に行こうか。」
「うん。」
「さっさと家の中に入りな、レイン。また埃まみれになるぞ。」

 静音ヘリのパイロットの脅しが利いた。ポールは急いでダリルが立っている家の入り口に歩いて来た。ダリルが微笑んで迎えた。

「おはよう、ポール。随分早い到着だな。」
「夕べLAから飛んで来たんだ。2時間しか寝ていない。昼飯まで寝かせてくれ。」

 そう言いつつ、ポールの手はダリルの腕をしっかり掴んでいた。
 ダリルは外を見た。静音ヘリのプロペラが廻転を始めていた。

「まだ私の寝室は掃除をしていないんだ。」
「夕べは何処で寝たんだ?」
「居間の床の上・・・」
「そこで良い。」

 ポールはダリルを室内に押し込み、ドアを閉じた。