2017年6月21日水曜日

侵略者 2 - 2

 ゴルフの後、元ドーマー達はささやかな宴を設けてくれた。ケンウッドは遊びに来たのではなかったので一旦は辞退したのだが、当初の予定では2日かけて6名を訪問するつもりだったのが1日で終わってしまったのだし、それも元ドーマー達の積極的な協力のお陰だったので、彼等の顔を潰すのも良くないと思い直した。
 彼等はゴルフ場から遠くない森の中に建つこじゃれたレストランに場を移した。個室を用意してもらい、元遺伝子管理局の局員だった男がドームから支給されている端末で部屋の安全チェックを行った。盗聴や盗撮が行われていないか調べたのだ。

「神経質だと思われるでしょうが、現役時代はこれが常識だったので。」

と彼は言い訳した。ケンウッドは彼等からコロニー人であることを店のスタッフや他の客に勘付かれないようにと注意を受けた。

「地球人の中には、宇宙にいる人類が同じルーツの兄弟だと思いたくない連中もいるのです。」

と1人が恥ずかしそうに言った。ケンウッドは理解した。コロニー人の中にも地球人を野蛮人だと考える輩が存在するのだ。
 料理は素晴らしかった。コロニーでもドームでも食べたことがない食材が次々と出て来て、どれも美味しかった。ケンウッドは酒が飲めるのだが、ドーマーには遺伝子に悪影響が出ることを考慮してアルコールを極力与えないようにしている。だから元ドーマー達も飲まないだろうと思ったが、案外彼等は飲んだ。それでケンウッドも酔わない量を考えながらグラスを傾けた。

「君達は日頃からこうして集まっているのかね?」
「そうですね・・・フラネリーが市長選に出た頃からかな?」
「そうそう、後援会のふりをして集まってみたんですよ。元ドーマーが政界進出なんて前代未聞でしたから、みんなで彼の話を聞きに行ったんです。それが同窓会になってしまった。」

 フラネリーが苦笑した。

「元から私がドームを出る時の条件に、政界とドームのパイプ役になる努力をせよ、とありましたからね。仲間が政治に要望を出してくればそれを検討するつもりでいました。本当に後援会になってくれたのは嬉しかったですね。それ以上にゴルフをしながらドーム時代の話を語り合えることが幸せですよ。」
「ゴルフは良いですよ、博士。妻にも話せない内緒話が出来ますからね。」

 元ドーマー達は世間では普通の地球人の生活をしている。彼等の殆どは結婚して子供もいる。愛する家族を手に入れたのだが、彼等自身の子供時代の話は家族に対しても制限しなければならない。ドームが内部で地球人の子供を育てているなんて、外の人間は誰も想像すらしていないのだから。
 ケンウッドはふと思った。この元ドーマー達は、実の親に会おうと思わなかったのだろうか。ドームの中にいるドーマー達は実の親の存在を考えようとしない。赤ん坊の時からの教育で、自分達の境遇は理解しても親を懐かしむ感情を持たないように躾けられているのだ。しかし、ドームの外に出て一般と同じ家庭を持って、自身の親兄弟を思わないのだろうか。

「子供達を可愛いと思っているかね?」
「勿論です。」
「では、君達自身の親に会いたいと思ったことは?」

 元ドーマー達は顔を見合わせた。執政官が何をとぼけた質問をするのだろう、と言いたげに。

「親には娘がいますよ。」

と1人が呟いた。

「彼等は僕等の存在を知らないんです。だから、僕等も彼等のことを知らない方がお互いの幸福に繋がるんです。」

 模範的な回答だ。ドームの中で信仰されている宗教みたいな考え方だ。
 ケンウッドはこの件に深入りすまいと決めた。ドーマーが自身の出自にこだわり始めたらドームの秩序が崩壊していく。それに親代わりの養育係から愛情をもらって成長したドーマー達は、しっかりと己の家族を持って暮らしているではないか。
 それでも、一つ心に引っかかるものがあった。ケンウッドはフラネリーを見た。

「君はドームの中にいる息子の近況を知りたくないのか?」

 フラネリーがきょとんとした。

「息子は元気なのでしょう?」
「後数日で遺伝子管理局に入局する。」
「そうですか! ではローガン・ハイネ・ドーマーの下で働くのですね。」

 何故か彼は、息子が元気で就職することよりも、息子の上司が誰なのかが重要に思っている口調だった。
 
 この男は手放した我が子に愛情を感じていないのか?

 フラネリーは遠くを見る目をした。

「彼の下で働くのなら、大丈夫、息子は立派なドーマーとして地球に尽くしますよ。」