2017年6月25日日曜日

侵略者 3 - 4

 女性執政官の質問に答えたのは、医療区長サム・コートニーだった。

「まず、重篤患者からお答えする。
 γカディナ菌をキャリーしていたのは木星第4コロニー出身のブルース・デニングズ氏。当ドームにガンマ星で確認された入植者の遺伝子異常を調査するサンプルを運んで来たベータ星基地の遺伝子学者だ。彼の研究内容に関しては、本会議の主旨に外れるのでここでは言及しない。デニングズ氏は今も重態で、リン長官は本会議が始まる直前に木星第4コロニー政府に対し彼の家族に連絡を取る様要請された。」

 つまり、恢復の見込みはないのだ。ケンウッドはますます気が滅入った。
 
「次に、当ドーム勤務の執政官ヘンリー・パーシバル博士。」

 えっとケンウッドは医療区長の顔を振り返った。会議室内の人々ほぼ全員が同じ行動を取ったはずだ。コートニーは淡々と事実を告げた。

「パーシバル博士は、月からのシャトルでデニングズ氏の隣の席に座っておられた。不幸なことに、飛沫感染とデニングズ氏が吐血した際の接触感染をしてしまった。まだ発病の有無は確認されていないが、最も危険に晒された人だと言える。
 パーシバル博士は現在薬剤ジェルのカプセルに全身を浸けられ、体内の菌糸が死滅するのを確認する迄出られない。本人は現在は元気なので、身動き出来ない状態に置かれたことは実に遺憾である。」

 パーシバルは取り敢えずは元気なのだ。ケンウッドは微かながら救われた気分だった。

「次は遺伝子管理局のローガン・ハイネ・ドーマー局長。」

 コートニーはそこで深く息を吸って吐いた。

「偶然送迎フロアに居合わせて、よろめいたデニングズ氏を支えたところでデニングズ氏の吐血を浴びた接触感染だ。皮膚表面だけでなく、爪の中などにも血液が入り込んでいたので、現在は元気だが、場合によってはパーシバル博士より危険な状況にいる可能性が大きい。治療法はパーシバル博士と同様薬剤ジェルの全身浴だ。」
「死なせるなよ。」

と言ったのはリン長官だった。

「ドーマーをコロニー人の不手際で死なせたとあっては当ドームの名折れだからな。」
「承知しています。」

 コートニーはムッとして言った。
 彼はリンとこの場で言い争うつもりはなかったので、次の患者の情報に移った。
3名の訪問者はそれぞれシャトル内での飛沫感染と思われ、残りの2名の消毒班のドーマー達は接触感染か飛沫感染か判明しなかったが、菌を移されていたことがわかったので、彼等も薬剤ジェル浴を施されている。
 扉の係官や薬品会社の女性は幸い無事だった。
 コートニーの報告が終わると、リン長官は室内を見廻した。

「他に質問は?」

 遺伝子管理局の局長秘書が手を挙げた。長官はドーマーに質問されると思っていなかったらしく、意外そうに眉を上げて頷いた。秘書が立ち上がり、グレゴリー・ペルラ・ドーマーと自己紹介してから、長官に尋ねた。

「10日後に遺伝子管理局の新人3名の入局式を行う予定ですが、延期すべきでしょうか。」
「入局式?」

 リン長官はまだ経験がなかった。ペルラ・ドーマーは説明した。

「新しく入局する若いドーマー達が長官と局長に挨拶するのです。」
「何処で?」
「遺伝子管理局本部の局長室です。」
「そこに私が行くのか?」
「長官は来賓として出席されるのが恒例です。」

 リン長官は少し考えた。彼はまだ一度も遺伝子管理局本部に入ったことがない。着任の挨拶すら行かなかったのだ。中央研究所の自分の執務室に局長を呼びつけたのだから。
 彼は秘書を見た。

「入局式は長官室で行おう。」

 またもや約束事を無視した言葉に執政官達はぎくりとした。地球人を敵に回すつもりなのか?
 リン長官は部下達の危惧をおかまいなしに言葉を続けた。

「ハイネは病人だ。ジェルの風呂から出られない。だから若い連中は私の部屋へ寄越しなさい。そこでハイネは医療区から画像中継で彼等の挨拶を受けるのだ。部屋の主が不在なのにそこで画像相手に入局式をするのは可笑しいだろう? 私の部屋なら、私が部屋の主で若者達の目の前にいるから、様になる。」

 執政官達はペルラ・ドーマーの表情をそっと伺った。地球人を怒らせたらドームの中の業務が完全に止まってしまう。ペルラ・ドーマーはその場の感情に左右される愚かな人間ではなかった。彼は形式にこだわるより、ここは長官に従って、ドームの真のトップが一日でも早く戻ることを願うことにした。

「わかりました。入局式は長官にお任せします。局長業務は私と第2秘書でなんとか補助しますが、局長署名の必要な事案はどう致しましょうか?」

 まさか面倒臭い書類仕事まで貴方がするんじゃないでしょうね、とペルラ・ドーマーの目が言っていた。リン長官は平然と答えた。

「代理局長を置く。ヴァシリー・ノバック君だ。」

ええ?! と室内のあちらこちらから声が上がった。ケンウッドも耳を疑った。ヴァシリー・ノバックはドーマーではない。コロニー人だ。しかもリン長官の個人秘書で公的秘書ではない。
 ペルラ・ドーマーの顔が青ざめた。

「コロニー人に遺伝子管理局の采配をさせるおつもりか?」
「そんなつもりはない。」

 リン長官は部下達の動揺をものともせずに言った。

「ノバックは殆ど地球にはいない。形だけの局長だ。執政官諸君はそれぞれ研究があって多忙だし、複雑な遺伝子管理局の業務を任される時間も知識も技量もないだろう。だから運営は君達ドーマーに任せるが、形式上のトップの仕事は誰かがしなくてはならない。だから、ノバックにさせる。
 なに、心配は要らんよ、ハイネは直に良くなるさ。」