2017年6月25日日曜日

侵略者 4 - 1

 ブルース・デニングズが亡くなり、遺伝子管理局の局長が入院したままの状態で3人の若者の入局式が行われた。ドームの中は3人の若いドーマーのりりしく美しいスーツ姿が暫く話題になった。特にポール・レイン・ドーマーが美し過ぎて誰もがうっとりするようだと評判だった。
 ケンウッドは人間の外観の美醜などに興味はなかった。ポールの父親ポール・フラネリー元ドーマーを始めとする6名の元ドーマーの協力を無にすまいと外気と皮膚の衰えに関する研究に没頭した。そして時間があれば医療区のヘンリー・パーシバルを見舞った。
 パーシバルは感染した状況を考えればかなり危険な場面にいたのだが、幸い軽くて済んだ。元々頑健な体の持ち主で、黴の菌糸も彼の細胞を攻めあぐねたのかも知れない。
γカディナ黴のカディナ病は、感染後1週間で発症するが、パーシバルは発熱も倦怠感もなかった。コートニー医療区長は彼の体内の菌糸はほぼ死滅したと思えると長官に報告したが、なおも用心の為に一ヶ月の療養を設定した。
 ケンウッドが見舞いに行くと、パーシバルはガラス張りの隔離病室にいた。寝間着姿で机に向かって仕事をしていたので、ケンウッドは安堵した。マイクを通して話しかけた。

「昨日からジェルを出ていると聞いて来たが、もう仕事をしているのかい?」
「ああ、寝ていると退屈だし、研究の遅れが気になってね。」
「元から休暇は2ヶ月取れるのだから、ちゃんと休養して治したまえ。」
「そうは言っても、コンピュータがあれば仕事は出来るのだから、僕の退屈凌ぎの方法にケチをつけないでくれよ。」

 そしてパーシバルは溜息をついた。

「折角ポールの入局式を見てやるつもりで早く休暇を切り上げたのに、無駄足だったなぁ。」
「レインのスーツ姿なら、コンピュータで見られるだろう。」
「生と画像では違うよ。」

 彼は画像を出した。

「セイヤーズもニュカネンも可愛いなぁ。だが、やっぱり一番の美形はポールだよ。」

 何故ポール・レイン・ドーマーだけが名前で他は姓なのだ? とケンウッドは疑問に思いながらも、パーシバルの感想が正しいことは認めた。

「彼は美し過ぎる。それが彼自身にとって災いにならなければ良いがね。」

 するとパーシバルの表情が曇った。彼はマイクを通す声のトーンを落とした。

「ニコ、ハイネはまだ意識が戻らないのか?」

 ケンウッドは暗い顔で頷いた。
 ローガン・ハイネ・ドーマーは発症してしまったのだ。入局式に画像で参加した翌日だった。と言うより、入局式に顔を出させる為に医療区が彼をジェルから出した時点で発熱が始まっていた。リン長官は彼の病気が若者達に知られないように、3人が入局の挨拶と自己紹介を済ませると、局長の訓示も言わせずにカメラを止めさせた。その後、ハイネは付き添っていた秘書のペルラ・ドーマーに業務の引き継ぎを行い、それから再びジェルのカプセルに戻ったが、それきり、翌日ジェル交換の為にカプセルから出しても目覚めなかった。高熱が続き、皮膚の色艶が失われていった。
 リン長官は柄にもなくうろたえた。
 進化型1級遺伝子保有者は地球の表面には出せないが、宇宙開発の為には必要な遺伝子を持っている。地球人保護法でコロニー人が地球人に病気や怪我をさせて死なせるのは重大な過失罪となるのだが、進化型遺伝子保有者を失うことは、ある種の財産を損失することにもなる。辺境開発をしている大企業が最先端の開拓基地で働く労働者を育てる為に、地球人にストックされている進化型1級遺伝子を購入に来る。ハイネの遺伝子は労働者本人ではなく待機家族の為に開発されたものだが、「老化を遅らせる遺伝子」は人類にとって魅力的であることに間違いない。その遺伝子保有者がいるドームの株は値が高いのだ。
 リン長官はコートニー医療区長にハイネを死なせるなと厳命した。言われなくても努力しているコートニーと彼の部下達は大いに憤慨したが。

「無菌状態で育てられて79年だからなぁ。初めて病原菌を体内に取り込んでショック状態に陥っているんじゃないのか・・・?」

とパーシバルが呟いた。彼とて50年そこそこしか生きていないのだが、他の執政官同様、自身より年長のドーマーでも子供の様に考えている。彼は消毒班の若いドーマー達が彼と同じく軽く済んだことを感謝しつつ、高齢の遺伝子管理局長を気遣った。

「私は、彼の遺伝子の仕業じゃないかと疑っているよ。」

とケンウッドは呟いた。

「γカディナ黴の菌糸は細胞核に侵入して、彼の染色体に触れたのかも知れない。菌の遺伝子情報に変化が起きた恐れもあるのだ。」
「おいおい、ニコ、そんな恐ろしい仮説を立てないでくれ。」

 遺伝子学者らしくない苦情をパーシバルは申し立てた。

「だが、下等な生物ほど遺伝子組み換えは起こりやすい。」
「ハイネの細胞が突然変異を起こした黴に侵略されているって考えているのか?」
「薬が効かないのが彼だけだと言う事実を考えてみるとね。」

 可哀想にと呟きながら、パーシバルは顔を手で撫でた。そして、ふと手を止めた。

「まさか、毒を盛られているんじゃないだろうな?」
「何だって?」

 ケンウッドは友人が冗談を言ったのかと思った。しかし、パーシバルは真面目な顔をした。

「ハイネが元気になると困るヤツがいるってことだよ。」