2017年6月28日水曜日

侵略者 4 - 5

 ククベンコ医師はケンウッドの懸念に気が付かなかった。

「ガンマ星で生まれた子供は第1世代の親より早く成長し、早く歳を取って死んでいきました。その子も、その孫も・・・第1世代より早く老化するのです。
 遺伝子が太陽系時代のオリジナルに勝手に戻ってしまう。それがγカディナ黴の胞子が舞う星の運命でした。」
「すると・・・」

 ケンウッドはデニングズが牛の細胞を地球に運んで来たことを告げた。

「彼の牛の細胞は地球のものとよく似ていましたが、あれは品種改良したはずの牛の子供が先祖返りしたものだったのですね?」
「そうです。彼は恐らく先祖返りのメカニズムを解明したくて、地球で働く貴方がたに協力を要請するつもりだったのでしょう。」

 ケンウッドは深い溜息をついた。

「皮肉ですね、私達は地球人を先祖返りさせるメカニズムを探求しているところなのです。」

 もしかすると、γカディナ黴で女の子を誕生させることが出来るのか? 一瞬そんな希望がケンウッドの心に浮かんだが、彼はそれをすぐ打ち消した。それはあまりにも危険過ぎる。デニングズの最期の光景が目に浮かんだ。吐血して、呻いて、全身を震わせて・・・。

「貴方の所の患者はどんな様子なのです?」

 ククベンコが質問したので、ケンウッドは端末でハイネの病状を見せた。高熱は治まったが、微熱が続き、意識はなく、ただ自発呼吸はしている。ククベンコは「綺麗な人ですね」と呟き、画像を順番に送っていった。そして身体透視画像になると見るスピードを落とし、ドームの医師達が見落としたものがないか探るかの様にじっくりと眺めた。

「体表の黴は死滅していますね。脳は無事だ。血管が綺麗に映っているから、確証出来ます。何故目覚めないのかなぁ・・・」
「左の肺に黴の株が一つあります。これが難問で、マイクロ波で焼いてもすぐ場所を変えて出てくるのです。血液の中に菌糸をばらまいていて、株がやられると別の株をすぐに作るらしくて。」
「株の退治方法は後で教えて差し上げます。ただ意識が戻らないのが解せないのです。カディナ病は高熱さえ取れれば意識は保っていられる。この患者の様に眠り続けるのは初めての症例です。」
「彼は特殊遺伝子の保持者なのですが、それが原因でしょうか?」

 ククベンコがケンウッドに端末を返しながら、特殊遺伝子?と聞き返した。
ケンウッドはローガン・ハイネ・ドーマーが持って生まれた進化型1級遺伝子を説明した。するとククベンコが驚いた顔をした。

「なんと、それは我々メトセラ型の原型遺伝子ですね! 所謂『待機型』と呼ばれたものです。しかし、宇宙飛行士を待つためだけの遺伝子なんて意味がない、と言う理由で応用はされなかったと聞いています。メトセラ型は『待機型』をさらに改良して開拓移民のために創られたのです。あなたの患者は恐らく『待機型』開発の際に被験者になった人間の子孫なのでしょう。」
「γカディナ黴は改良遺伝子を先祖返りさせるのでしたね。私達の患者の肺にいる黴は彼をオリジナルの型に戻そうとしているのでしょうか?」
「いや、感染しても1代目は遺伝子に影響しません。彼の子供の代で影響するのです。彼の肺の中で行われているのは、何とかして仲間を増やそうとする黴と、そうはさせまいと抵抗する彼の抗体の闘いのはずです。」
「だが、今のところ黴が優勢の様子です。」
「どんな治療法でしたっけ?」

 ケンウッドは再びジェル浴室の画像を出してククベンコに見せた。ジェルの薬剤の名前も告げた。ククベンコは頷いた。

「あながち誤った療法でもありません。体表の黴には効いています。しかし肺の中にジェルは入って行かないでしょう。」

 ククベンコは少し躊躇ってからケンウッドの目を真っ直ぐに見つめた。

「博打に近いですが、確実に肺の中にいる黴を全滅させる方法が一つだけあります。一つ間違えると患者を死なせてしまう非常に危険な賭ですが・・・」