2017年7月1日土曜日

侵略者 4 - 8

 ダニエル・オライオンは富裕層が暮らす郊外に豪奢な邸宅を手に入れていたが、ケンウッドが連絡を取った時には、既にその家を息子の家族に譲って自身は高額納税者用介護施設に入所していた。そこでは入所者達がこの世を去るまで至れり尽くせりのケアを受けられるのだ。ちょっと羨ましいと思いつつ、ケンウッドは受付でオライオンとの面会を申し込んだ。受付の男性は、オライオン氏は事前に約束がない人とは面会しない、と言ったが、ケンウッドがドームのIDをちらりと見せると、それ以上は文句を言わずにオライオンの部屋に電話をかけた。「ドームから面会希望者が来ていますよ」と彼が言うのが聞こえ、やがてケンウッドは部屋番号を教えられ、1人でエレベーターに乗った。
 ダニエル・オライオンはケンウッドの記憶の中より老けて見えた。あれから1年半経っているし、仕事から遠ざかると人間は老け込むものだ。
 オライオンはケンウッドを一目見るなり、尋ねた。

「以前に何処かでお会いしましたよね?」

 元連邦捜査官だったことはある。ケンウッドは頷いた。

「1年半前に、ドームの送迎フロアですれ違いました。貴方は遺伝子管理局長と一緒でした。」

 オライオンは頷いて、彼を部屋の中へ案内した。
 介護施設の部屋はゆったりとした広い空間だった。車椅子などを使えるスペースを取っているのだろう。オライオンは独り暮らしだった。壁際の棚の上に写真立てが並んでいた。年配の上品そうな女性は妻だろう。オライオンに似た若い2人の男性は息子達に違いない。孫らしき子供の写真もあった。その中に・・・

「規則違反であることはわかっています。」

とオライオンが先手を打ってきた。ケンウッドが1枚の写真に注意を惹かれたことに気が付いたからだ。写真は、噴水を背景にして、2人の若い男性が肩を組んで池の石組みに座っているものだった。笑顔の2人の、茶色の髪の方は、オライオンの面影があった。とても若い。40年、いや、50年近く前ではないのか。そして、もう1人は、現在と殆ど変わらない・・・真っ白な髪の若者だった。

 このオライオンと言う男は、ハイネの親しい友人だったのだ・・・

 ドーム内の画像を外の世界に持ち出すことは禁止されている。宇宙にテレビ中継されるドームの生活は、ドームの外の地球人には決して見せてはいけないのだ。
 ケンウッドが黙っているので、オライオンが落ち着かない様子で簡易キッチンの方を見ながら尋ねた。

「何か召し上がりますか?」
「いや、結構です。」

 ケンウッドは立ったまま、オライオンに尋ねた。

「貴方はハイネ局長の友人ですね?」

 するとオライオンは言った。

「同じ部屋の『兄弟』です。」

 ケンウッドは軽い衝撃を受けた。そう言う可能性も考えるべきだった。年齢が3歳しか離れていないのだ。だが、ハイネと同じ部屋で育ったドーマーがいると言う話を今まで聞いたことがなかった。いるはずなのに、ドームの中で出会ったことも噂も聞いたことがなかった。
 驚きが表情に出てしまったのだろう、オライオンが苦笑した。

「『兄貴』が若く見えるので、意外に思われたのですね。」
「いや・・・失礼しました。局長から昔の話を聞いたことがなかったので。」

 オライオンが椅子を勧めたので、やっとケンウッドは腰を下ろした。オライオンが冷たいレモネードを運んで来た。

「私達が生まれた頃は、ドーマーの人数調整が行われていまして、数年間ドーマーを採らなかったのです。でも、ローガンは・・・執政官の貴方はご存じでしょうが・・・彼は特殊な遺伝子を持って生まれたので、1人だけ採用されて、『クリステル小母さんの部屋』で育てられました。私は、彼の遊び相手として選ばれたのだと思います。」

 オライオンは自嘲気味に微笑んだ。

「でも、ローガンは私をとても可愛がってくれました。そして彼は私にとってヒーローでした。何でも出来て、何でも知っていて・・・。」

 彼はそこで現実に戻った。

「今日はどんなご用件でしょうか?」

 執政官がわざわざ訪問して来たのだから、重要なドームの用事だろうと彼は思ったのだ。勿論、ケンウッドにとっては、これは重要な用件だった。 しかし、真実を話す訳にいかなかった。遺伝子管理局のトップが病気だと言うことは世間に公表されていない。第一、コロニー人が地球に恐ろしい病原菌を持ち込んで、それを地球人に感染させてしまったなど、絶対に外部に漏らしてはならないのだ。
 ケンウッドは自分でも下手な芝居だと思いつつ、言った。

「ハイネ局長が近頃ちょっと気鬱になっていましてね、何が彼をそうさせているのか、探っているのです。彼は貴重な遺伝子保有者でこの大陸の地球人代表ですから、長官も大変心配しています。」
「ローガンが気鬱?」

 オライオンが眉を寄せた。ちょっと考えてから、

「ドームに最近宇宙から病原菌が侵入してきて困っている、と言っていましたが・・・」

 ケンウッドは内心ぎくりとした。黴のことかと思ったが、ハイネが黴の侵入を元ドーマーに漏らす時間はなかったはずだ。彼は別の物を病原菌に例えたのだ。別の物?

 リン長官のことか?

 それならケンウッドにも理解出来た。地球上に女性が誕生しなくなった原因を探り、地球人を元通りの繁殖可能な生物に戻す研究をすべきなのに、綺麗な若いドーマー達をペットにすることだけに情熱を注いでいる長官は、今のドームの恥でしかない。
 オライオンが深い憂いを込めた溜息をついた。

「私は定年退職したので、彼の愚痴を聞いてやれなくなりました。もう仕事を理由にドームに入ることが出来なくなりましたから。
 貴方とお会いした日、私はローガンにこれが最後のドーム訪問になると告げました。彼は私を彼のアパートの私室に案内してくれて、そこで2人きりで思い出に浸りました。私は彼の様な遺伝子は持っていませんから、もう生きて彼に会うことはないでしょう。2人共互いにそれがわかっていました。1時間ほど一緒に過ごして、それから送迎フロアまで彼に送ってもらいました。部屋を出てから、私は無口になってしまいました。口を開くと泣いてしまいそうで・・・良い歳をした爺さんが、と思われるでしょうな。」
「貴方は、彼が独りでドームに残ることを気の毒だと思っているのですか?」
「私がドームを出たのは23歳の時です。あの時は世間知らずで、遺伝子管理局で働いていながら遺伝子管理法も地球人保護法も完全に理解していなかった。
 だから、私は、ローガンも一緒にドームの外に連れて行くつもりでした。彼は内部捜査班に採用されて外に出る機会がなかったので、私が夢中になっていた広い世界を彼も気に入るだろうと思ったのです。」
「だが、ドームは彼が出ることを許可しなかった・・・」
「はい。あの時、初めて彼も私も彼の遺伝子が進化型1級遺伝子と言う特殊なものであると知らされたのです。」

 自由な広い外の世界に出ることを夢見ていた若者には、なんと残酷な告知だったろう、とケンウッドは当時のハイネの胸の内を想って、自らの胸に痛みを覚えた。

「ドームは、私がローガンに余計な外の情報を与えて動揺させることを懸念したのでしょう、さっさと私が外で暮らせるよう手筈を整えて追い出しました。
 私はドームが用意してくれた警察の鑑識課の仕事を覚え、生活が安定すると、ドームの中の『兄貴』に連絡を取ろうとしましたが、駄目でした。ドームは鉄壁の守りでローガンを私から引き離したのです。世間話すら許さなかった。
 私達が再会出来たのは、ほんの10年前です。私が連邦捜査局の科学捜査班で指揮を執るようになって、私からローガンを奪った当時のドームの幹部達、最後の1人が宇宙に戻ってしまってからでした。」

 オライオンは顔を上げてケンウッドを見た。

「執政官の前で執政官の悪口はいけませんね。」
「かまいませんよ、どうぞ続けて下さい。私は貴方のお話の中にハイネの気鬱の原因があるのではないかと思いながら聞いています。」
「もうあまりお話することはないんですよ。」

 オライオンは苦笑した。

「再会した時は、彼も私も分別あるオッサンになっていましたから。仕事の話が終われば、バーで飲みながら日頃の憂さ晴らしをするオッサンですよ。」

 そこで彼はケンウッドをまた見た。

「ここだけの話ですが、ローガンは私室に個人専用のバーを持っています。」
「え?!」
「かなりの種類の酒をストックしていました。恐らく、執政官の誰かが彼に酒を教えたんですよ。あんな酒の銘柄は地球じゃ見たことありませんから。」
「・・・」

 今日、帰ったらハイネの私室の臨検をしよう・・・酒は没収だ。今まで飲めないふりをしていたんだ・・・。

「彼はチーズが大好物で、酒は主にチーズに合う味のものです。私達は、他人にばれない程度に飲んで、互いの近況を話し合うのを1年に1度の楽しみにしていました。
しかし、私が退職してしまい、ドームに行く理由がなくなってしまった。
ローガンは若く見えますが、もうあの年齢で抗原注射は無理です。ドームが許しても外に出られないのです。」

 オライオンは遠くを見る目をした。

「私は妻を亡くしましたが、息子達や孫がいます。でもローガンには誰がそばに居てくれているのでしょうか。」