2017年7月7日金曜日

侵略者 5 - 8

 翌朝、ケンウッドが一般食堂で朝食を取っていると、ヤマザキ医師がやって来た。夜勤明けで私服姿、疲れた顔をしていた。彼はケンウッドのテーブルの向かいに座った。

「おはよう、ケンさん。君はこれから仕事だね?」
「そうだが・・・君は夜勤だったのか。」
「うん、これからアパートに帰って寝る。」

 ヤマザキはトレイにオートミールの皿とチーズオムレツとフルーツの盛り合わせを載せていた。飲み物は珈琲ではなく紅茶だ。ケンウッドはオムレツから漂ってくるチーズの香りに鼻をひくひくさせた。

「ハイネが嗅いだら欲しがるだろうな。」
「チーズはまだ駄目だよ。」

とヤマザキ。

「黴の除去薬を大量に服用させた後だから、発酵食品は後2ヶ月は控えさせる。」
「可哀想に・・・彼はチーズには目がないんだ。」
「経過が良ければ、解禁後は好きなだけ食べられるさ。」

 そして彼は、ケンウッドのテーブルに同席した目的を低い声で囁いた。

「昨晩、リンが彼の部屋に侵入した。」
「えっ!」

 ケンウッドは手にしていた珈琲カップをもう少しで落とすところだった。彼は大声を出してしまったかと自分で心配になって周囲に目を配った。誰もこちらを注目していないことを確認してから、ヤマザキに向き直った。

「一体、何の目的で・・・?」
「検体採取キットを持っていた。当人は、ハイネの呼吸器の粘膜サンプルを研究用に採取するつもりで来た、と言い訳していたが、キットの中には当然ながら、『お勤め』セットも入っていたはずだ。」
「誰かに見つかったのか、彼は?」
「公式には看護師と病室の入り口側の消毒室で出会ったことになっているが、恐らくそれより以前に中に入っていたと思う。」
「消毒室は一方通行だろ?」
「だから、彼は一旦出口から出て、逃げる時間がなかったのでまた入り口側に入ったんだ。」

 ちょっと待ってくれ、とケンウッドは言った。話の内容がよく読めない。

「最初から説明してくれないか?」
「それが説明のしようがないんだ。」

とヤマザキ。

「リンの証言では、彼は患者の呼吸器系のサンプルを採るために病棟に入った。彼が入るのは誰も見ていないが、医療区ロビーのチェッカーには記録が残っていた。怪しまれないように、ちゃんとセキュリティーチェックは受けていた。彼は訪問者用防護服を着て、通路を歩いて行き、患者の部屋の前迄来ると、突然室内の照明が点滅を始めた。ナースコールが掛かったんだ。それで彼は患者の様子を見ようと慌てて消毒室に入った。」

 ヤマザキはそこで一旦言葉を切って、食べ物を口に運んだ。ケンウッドは自分の珈琲を飲みながら、次の話を待った。
 ヤマザキが口の中を空にして、話を続けた。

「看護師はナースステーションで、ハイネの部屋のナースコールを受けた。通話で呼びかけたところで患者がまだ上手く話せないことを知っているから、彼はすぐに防護服を着て、手袋をはめながら通路を急いだ。誰かが消毒室の中に入る後ろ姿が見えたので、局長秘書だと思ったそうだ。それで消毒室に彼が入ると、そこに居たのは秘書ではなく、長官だったので驚いた。」
「ハイネは?」
「患者は入り口とベッドを挟んだ反対側の床の上で倒れていた。」

 ケンウッドは胸に冷たいものを感じた。

「リンに何かされたのか?」
「看護師と僕の双方で走査検査をしたが、何ら体に異常はなかった。彼はただ突発的に眠っていた様だ。」
「ナースコールを押したのは誰なんだ?」
「ハイネ局長、その人だ。発見された時、手に自身の端末を握っており、緊急通信ボタンを押したままだった。」
「君はさっき、リンが1度室内に侵入して、出て、また中に入ったと言ったが・・・」
「実は、ハイネは僕等が駆けつけて数分後に目覚めたのだが、何があったのか言わないんだ。一時的な記憶喪失のふりをしてね。」
「ふり?」
「頭部には何も異常がなかった。ベッドから落ちたとしても、あの高さでは記憶を失うほどの打撲はないだろう。床は患者の転落を想定して緩衝剤を貼ってあるのだからね。」
「すると、ハイネとリンは1度病室内で顔を合わせ、ハイネが緊急通信ボタンを押した。
慌てたリンは一旦通路に出たが、看護師が近づいて来たので、急遽やって来たばかりと言う演技をした、と言うのか?」
「僕はそれしかないと思う。リンが検体採取を彼に迫ったんだろ。ハイネは拒否して助けを求めたんだ、きっと。だが、何故ハイネはリンを庇う・・・?」

 もしハイネがリン長官の病室侵入を医療スタッフに訴えれば、大問題に発展する。ドームの秩序を守るべき人間が自ら遺伝子管理法と地球人保護法を破ったことになるのだ。アメリカ・ドームの権威が地に落ちてしまう。執政官はドーマーから信用を失うだろう。いや、リンとそのシンパの破廉恥行為が既にドーマー達の心を乱している。ドーマー達の多くがコロニー人に不審を抱き、憎悪さえ持つ者もいるのだ。ケンウッドやパーシバルの様にドーマーと親しくしている人間でさえ、時々心穏やかでない視線を浴びることがある。
 遺伝子管理局長ローガン・ハイネ・ドーマーは病室に隔離されていてもなお、その空気を読んで、これ以上ドームの中を乱してはいけないと感じたのだ、きっと。彼は既に病室内にスクリーンを置いてもらい、ドーム内の様子を見たり、部下の報告に目を通して仕事を再開している。自身が病床に伏している間にドームの中が不穏な雰囲気になってしまっていることを、とっくに察していたのだ。
 リン長官をアメリカ・ドームから放逐したいのは、ハイネも同じだ。しかし彼はまだ動けない。体調が万全ではない。彼が害されようとしたことを若いドーマー達が知ったら大騒動になるのは間違いない。今の彼はそれを抑制することが出来ない。彼はドームを誰にも荒らされたくないのだ。

 ドームは彼の家なのだから

「ハイネは知っているんだよ。」

とケンウッドは呟いた。

「リンを追い出すには、まだ時期尚早だってことをね。」