2017年7月16日日曜日

侵略者 6 - 6

 観察棟のモニター室で、ケンウッドはパーシバル、ヤマザキと共に衝撃的な映像を見た。ペルラ・ドーマーはモニター室の前まで来たものの、何故か怖じ気づいてしまい、入室しなかったので、映像を見ていない。モニター室にいた保安課員は見たはずだが、見なかったと言い張った。クローン達を見るのが役目で、局長の夜間の監視は異常がない限り特にしないと言うのだ。しかしケンウッドは、それが異常でないと言い切れないだろうと思った。
 モニターの記録再生は、ハイネ局長が独りで夕食を終え、1時間休憩した後から始まった。
 ハイネは室内に置かれた健康器具で運動を始めた。ヤマザキに作ってもらったメニューに従って筋トレや柔軟運動などをして汗を流した。ヤマザキは彼が運動をしている途中で休憩をはさまないことを心配したが、彼は1時間経つとやるべきことをやってしまい、シャワーを浴びるつもりなのだろう、バスルームに向かった。そして、カーテンを目前にしていきなり床に崩れ落ちた。
 ヤマザキが「あーあ」と溜息をついた。

「だから休憩をはさみなさいと言ったのに。」

 ハイネは床に横たわり、そのまま眠り込んだ。汗をかいた直後だから体を冷やさないかと、前日のことながら3人のコロニー人の博士達は心配した。
 ハイネが倒れて10分後、部屋の入り口が開いて、女性が入って来た。キーラ・セドウィック博士だったので、一同は仰天した。彼女は勤務時間が終わったらしく私服姿で、片手に大きなショッピングバッグを持っていた。大きさから言って、あの熊のぬいぐるみが入っているのだろうと推測された。
 キーラはハイネの姿が見えなかったので、一瞬戸惑い、そしてバスルーム直前で倒れている彼を発見した。
 彼女は騒がなかった。慌てもしなかった。ショッピングバッグを近くに置かれた秘書机の上に置くと、ハイネに歩み寄った。端末でさっと走査して彼がただ眠っているだけだと確認する手際は、いかにも出産管理区で30年と言う長きにわたって勤務してきたベテランのものだった。
 彼女はベッドから枕と上掛けを持って来て、彼の体が冷えないように掛け、楽な姿勢になおしてやって、自身は近くの椅子に座った。あまりにも慣れていたので、ヤマザキは思わず監視室のドーマーに、キーラ博士は既に何度か来ているのかと尋ねた。しかし、答えはノーだった。セドウィック博士が来られたのは昨夜が初めてです、と彼等は異口同音に証言した。もし何度も来ていたのであれば、あんなに派手に美しい女性が通って来るのだから、収容しているクローンの少年達も気が付くだろう、騒ぐだろう、と言うのだ。
 半時間後、ハイネが目を覚ました。彼は枕と上掛けに気が付き、自身が何処にいるのか悟ると一瞬不思議そうな表情をした。それから顔を上げて、椅子に座って彼を見下ろしている美女を見つけた。彼は体を起こしながら言った。
ーーおや、キーラ、君か・・・久し振りだな。
 
 ケンウッドは思わず隣のパーシバルと顔を見合わせた。それからヤマザキをも見た。どちらも彼同様驚いていた。

「ハイネがコロニー人を名前だけで呼んだぞ!」
「博士を付けないのか?」

 キーラ博士は微笑んで返事をした。
ーーローガン・ハイネ、貴方が消えてからもうすぐ2年経つと言うのに、まだ私を覚えてくれていたのね。

 ケンウッドは冷や汗をかいている自分に気が付いた。この会話は何を意味しているのか?
 ハイネは立ち上がりもせず、床の上に座ったままで彼女を見上げた。
ーー何をしに来たんだ? また要注意遺伝子を持つ子供が生まれでもしたか?
ーーそう言う報告があれば昼間にしているわ。
 彼女はカーテンを指さした。
ーーシャワーを浴びたら? そのつもりだったのでしょう?
 ハイネは、はいはいと言いたげに首を振って立ち上がり、カーテンの向こうに入って行った。キーラ博士は彼がシャワーを浴びている間に枕や上掛けをベッドに戻し、衣装ケースをベッドの下から見つけ出して彼の着替えを用意してやった。しかし、カーテンの向こうから戻って来たハイネは観察棟の係官が置いて行った寝間着を身につけていた。
 あら、と彼女はがっかりした顔をした。
ーーまた寝るの?
ーー夜は寝ることにしている。
 ハイネはベッドの縁に座った。キーラが彼の隣に座った。
ーーそれで? 体の調子はどうなの?
ーー良好だ。後遺症さえなければ外に出てもかまわないのだが。
ーーここに居るのは、貴方自身の意志なの?
ーーいや、私は医療区に居たかった。あちらは部下の面会が自由だからね。ここに居るのはサンテシマの希望だ。

 パーシバルが咳払いした。遺伝子管理局長がドーム長官をファーストネームで呼び捨てにした。ハイネはリン長官を確実に「格下」と見なしているのだ。
 ヤマザキが呟いた。

「あの2人はかなり親しい間柄の様だな・・・」

 ちょっとつまらなそうだ。「僕等のドーマー」に秘密のガールフレンドが居たことがショックなのだろう。
 
 キーラ博士がまた尋ねた。
ーー執政官から悪さをされていない?
ーーどんな悪さだ?
 ハイネが笑った。キーラが真面目な顔で言った。
ーー中央研究所のヘンリー・パーシバル、ニコラス・ケンウッド、それに医療区のヤマザキ・ケンタロウが貴方をペットにしていると言う噂が流れているわ。
 ハイネが笑いながら首を振った。
ーーそれは、サンテシマの一味が流しているデマだろう? 君だってわかっているはずだ。あいつ等は私から友人達を遠ざけたいだけなのだ。
 キーラは笑わず、
ーーあの3人がどれだけ役に立つか、見ているわ。
と言った。するとハイネが
ーー友達を利用してはいけないよ、キーラ。
とやんわり諭した。
 キーラは彼を優しく抱きしめ、彼の顔にキスをした。何故か唇以外の場所をくまなくキスした。ハイネは全く抵抗せずに彼女にやりたい放題させていた。

 パーシバルが髪をかき乱した。

「これって・・・地球人保護法違反だよな?」
「だが、ハイネは嫌がっていない。」

 3人は思わず顔を見合わせた。

 キーラ・セドウィック博士はローガン・ハイネ・ドーマーの恋人なのか?

 キーラは手袋さえしていなかった。ハイネがシャワーを浴びている間に外してポケットに入れたのだ。
 彼女はショッピングバッグから熊の縫いぐるみを出して、彼に渡した。
ーーお見舞いよ。私だと思って大事にしてね。
 そして最後に彼女自身の指先にキスをして、その指で彼の唇に軽く触れた。立ち上がり、手袋をはめ、くるりと体の向きを変えるとさっさと部屋から出て行った。
 残されたハイネは熊の縫いぐるみを抱き上げ、しげしげと眺めた。それから無造作にベッドの端に置くと、ごろりと寝転がった。