2017年7月16日日曜日

侵略者 6 - 7

 ケンウッドはキーラ・セドウィック博士のグレーの目を見つめた。少し青味がかった綺麗な薄いグレーの目だ。細身のきりりと鼻筋の通った顔、意志の強そうな締まった唇。
彼は突然、ドキッとするものを感じた。

 この女性はハイネに似ている・・・

 彼はその感想を言わずに、推理したことだけを言葉に出した。

「ハイネに贈った熊の縫いぐるみの中に監視装置を仕組みましたね?」

 ぐっと彼を見返したキーラ博士の顔が不意にニコッと笑顔になった。

「見破られましたわね。」
「ハイネ局長があの熊をずっと壁に向けて置いていたので、熊に室内の様子を見せたくないのだろうと思いました。盗聴器も仕掛けていたのですね。」

 キーラ博士はイエスとは言わず、ただニコニコしているだけだ。ケンウッドは推理の続きを語った。

「あの縫いぐるみは、局長の監視ではなく、局長に近づく人間を監視しているのでしょう? 私達3人組が彼に対して悪さをしていないかどうか、見る為に。」

 キーラ博士はさらに笑を大きくした。笑うと、この出産管理区の女帝はとてもチャーミングだ。

「貴方がた3人だけを監視しているのではありませんことよ、ケンウッド博士。ハイネ局長は長官室に居る悪い病原菌に何時何を仕掛けられるかわかりませんからね。」

 リン長官を病原菌呼ばわりする話は以前にも聞いたことがあった。ローガン・ハイネ・ドーマーが、同じ部屋の弟、ダニエル・オライオン元ドーマーに職務上の愚痴をこぼした時に使ったのだ。ハイネはキーラにも同じ愚痴をこぼしたのか? それともキーラがその言葉を「発明」してハイネに教えたのか?

「我々3人は、その病原菌に感染したつもりはないのですが。」

とケンウッドが言うと、キーラ博士は首を振った。

「その様ですわね。ローガン・ハイネは貴方がたを心から信用しているみたいです。」
「貴女は私達を信用して下さらないのですか?」
「ケンウッド博士、貴方は堅物で通っていらっしゃるわ。」
「それはどうも・・・」
「でもパーシバル博士は美男子好きですわよねぇ?」
「彼は確かにポール・レイン・ドーマーのファンクラブを主催していますが、レインを長官から守るのが目的です。同様に他の若いドーマー達の相談にも乗っています。美男子好きと言っても、長官とパーシバルの仲間は方向が違いますよ。」
 
 ケンウッドは素手でドーマーに触れた女帝にきっぱりと言った。

「パーシバルは、ハイネ局長と同じ感染事故に遭い、局長と仲間意識を持っているのです。私は同じ場所に居たにも関わらず、ハイネの咄嗟の機転で感染せずに済みました。ヤマザキはハイネの主治医で、医者が患者に思い入れを持つのはよくあることです。
 我々は命の恩人であり、友人であるハイネ局長を1日も早くあの部屋から解放したい、それだけです。」

 キーラ博士は暫く黙って彼を見返していた。そして、黙ったまま頷いた。
 彼女は膝の上のナプキンを折りたたみ、テーブルの上のトレイの端に置くと、立ち上がった。

「あの熊ちゃんが何か不穏な気配を嗅ぎ取って送信して来たら、貴方がたの何方かにお知らせするわ。私は妊産婦を放り出して駆けつけることが出来ませんから。」

 彼女はトレイを持ち上げた。

「ローガン・ハイネをよろしくお願いしますわ、ケンウッド博士。」

 彼女は結局自身と局長の関係には一言も触れずに去って行った。