2017年7月22日土曜日

侵略者 7 - 2

 ケンウッドは研究に没頭して3時のお茶の時間を忘れてしまうところだった。彼はお茶などどうでも良いのだが、助手達はブーイングだ。仕方が無いので休憩を入れた。彼は休憩をはさんでしまうと情熱が冷めてしまうタイプで、助手達とお茶を飲みながら世間話をしているうちに、研究の続きは明日でもいいや、と言う気分になってきた。
 そこへ端末に電話が着信した。研究に没頭している時は無視するので、画面を見ると着信が既に2回入っていた。いずれも5分おきで、最初がペルラ・ドーマー、次がヘンリー・パーシバル、そして今度はヤマザキ・ケンタロウだった。この面子が賭けてくると言うことは、ハイネに何かあったのか?
 ケンウッドは電話に出た。

「中央研究所のケンウッド・・・」
「ヤマザキだ。ケンさん、ハイネはそっちに行っていないよな?」
「来る訳ないだろう。」

と応えてから、ドキッとした。

「彼が居なくなったのか?」
「うん。昼過ぎにペルラ・ドーマーが昼食から戻ったら、部屋から消えていたそうだ。彼は祭りの時を除いて、自分からあの部屋を出たことはなかった。」
「本部に行ったとか・・・」
「秘書が確認したが、本部にもいない。医療区にも来ていない。」

 ケンウッドは助手達の視線が気になった。助手達は博士が遺伝子管理局長と仲が良いことを知っている。だから、彼が電話で誰のことを話題にしているのか、わかるはずだ。
ケンウッドは取り敢えず観察棟に行く、とヤマザキに告げて電話を終えた。助手達が興味津々で見ているので、「今日はここまでにしておく」と宣言した。一番若い助手が好奇心いっぱいの顔で尋ねた。

「遺伝子管理局で何かあったんですか?」

 本当は局長に何かあったのかと尋ねたいのだが、そこは少し遠慮が入った。ケンウッドは肩をすくめて見せた。

「わからん。わからないから、話を聞いてくる。」

 嘘は言っていない。彼は研究着を脱いでロッカーに入れると、部屋を出た。
 ローガン・ハイネ・ドーマーはドーム内に混乱を生じさせるのを何よりも恐れていた。ドーム内の権力闘争が地球人の出産と復活の障害になることを懸念して、彼の方からリン長官に抵抗することを避けていた。だから大人しく幽閉の身に甘んじていたのだ。
それなのに自分から部屋を出て行ったのだろうか? それとも、秘書が留守の間にリンに攫われたのか? 保安課は何を見張っていたのだ?
 観察棟に入ると、保安課員が入り口で待ち構えていて、モニター室に案内された。
そこにペルラ・ドーマーとヤマザキ医師とクーリッジ保安課長が居た。彼等は再生室に居て、ケンウッドが入ると通路の記録を見ているところだった。クーリッジが指摘した。

「ハイネは自分の意志で観察棟を出て行った様子だな。」
「彼はロック解除が出来るんですね?」
「当たり前だ、遺伝子管理局の局長だぞ。彼は出産管理区も含めて、ドーム内の全てのロックを解除出来るんだ。幽閉なんて意味がないんだ。長官と顔を合わせたくないからここに入って居るのさ。」

 ケンウッドは彼等の後ろから声を掛けた。

「それで、彼は何処へ行ったんです?」

 3人が同時に応えた。「わからない」と。

「この3年近く『世間』から姿を消していた局長が人前に出たら、ドーマー達もそれなりに騒ぐと思うんだ。だが、彼が観察棟を抜け出してから3時間近く経つのに、誰も彼を見ていない。」

 ヤマザキの言葉に、ケンウッドは考えた。ハイネは誰にも見られたくなかったのか?
クーリッジ保安課長を見ると、クーリッジは彼の言いたいことを察して首を振った。

「情報管理室のモニターで調べても無駄かも知れない。彼を含めて、ドーマー達はカメラの死角が何処にあるか熟知している。ここは彼等の家そのものだからな。
 それに情報管理室のモニター全部を再生させるとなると、結構な騒ぎになるぞ。」

 ケンウッドはまた考えた。

「午前中の彼は普段通りだったのだね?」

 ヤマザキがペルラ・ドーマーを見たので、秘書が少し固い表情で答えた。

「今朝、パーシバル博士が来られた時は、機嫌良かったのです。ところが、博士が『お誕生日ドーマー』の質問をされてから急に様子がおかしくなって・・・」
「どんな風におかしくなったんだ?」
「どんなって・・・」

 ペルラ・ドーマーはガラス壁の向こうの保安課員達を見た。こっちの声は聞こえていないはずだ。

「局長は冗談とも事実ともとれる話しをされて、それから気分が優れないと仰って仕事を中断してベッドに横になられました。
 それでパーシバル博士は話題が不適切だったのかと心配されながら帰られました。
 局長はそれから一切私に業務の指示をなさらずに、まるでふて寝でもしているかの様でした。仕方が無いので私は局長が中断された仕事を引き継ぎました。勿論、断りは入れました。局長は手で「頼む」と合図されただけで、何も仰いませんでした。
 私が昼休みに出かける時も、手で許可を下さっただけです。
 私はまた熱でも出たのかと思い、昼食後に医療区に連絡を入れようと思っていました。」
「ところが、彼が食堂から戻ると、ハイネは消えていた。」