2017年8月18日金曜日

侵略者 11 - 3

 その日の執政官会議は久し振りにドーマー採用検討会だった。出産管理区の責任者キーラ・セドウィック博士が次年度の新生児誕生予定票を中央の会議テーブルの3次元スクリーンに立ち上げた。白い文字で書かれた番号の新生児が取り替え子にされる子供達だ。これらの子供達の選定は先の執政官会議で為されているので討論の対象ではない。白文字の新生児の母親の名前の後ろに付けられた赤い星印、それがドーマー採用候補の印だった。赤い星を付けるのは遺伝子管理局長の仕事で、親の人種、職業、収入、社会的活動、地位、宗教などが選定要素とされている。さらに一人の母親が産む子供に関して、2人以上の取り替え子はしない。この年の採用予定数は6人で、ハイネは27人の候補に赤い星を付けていた。その27人の中から6人を選ぶのは執政官の仕事で、会議で何故その子供をドーマーにするのか、ドーマーにふさわしい遺伝子なのか、とことん話し合う。話合いの結果次第では6人未満になる場合もある。
 執政官達が話し合っている間、遺伝子管理局長は腕組みをして目を閉じ、船を漕いでいた。退屈なのだ。ドーマーになる予定の新生児はまだ母親の胎内にいるのだし、ドーマーとして取り替えられても、配属される部署が決定するのは10歳になる迄待たねばならない。地球人の出番は当分ない。だからハイネ局長は堂々と居眠りをしていた。
 副長官のケンウッドはそんなハイネが羨ましかった。昨晩、ホストのハイネが一番大量に酒を飲んだはずだが、少しも顔に出ない。誰にも気づかれていない。

 だから今まで彼に飲酒の習慣があるなんて誰1人夢にも思わなかったのだ。

 ケンウッド自身は二日酔いではないが、全身がだるくて早く横になりたかった。
 ヘンリー・パーシバルは自身の専門分野の研究に役立ちそうな新生児がいないので、無関心を装ってファンクラブと机の下でメールのやり取りをしていた。少し眠たそうだが、ケンウッドは助けてやれない。
 ヤマザキ医師は可哀想に宿酔で顔色が良くなかった。下を向くと気分が悪いのが酷くなるので顔を上げている。医療区の仕事が立て込んでいると言い訳して帰れば良いのに、とケンウッドは同情した。
 隣に座っていたリプリー長官がケンウッドに囁いた。

「昨夜は随分盛り上がったようですな。」
「お恥ずかしい・・・」

 ケンウッドも囁き返した。

「久し振りなので調子に乗りすぎました。次回は長官もいかがです?」

 リプリーが苦笑した。

「遠慮します。私は下戸なんだ。」

 その時、執政官の中からハイネ局長を呼ぶ声が聞こえた。

「局長、遺伝子管理局は新人を何人希望するのですか?」

 ケンウッドはそちらへ目を向けた。男の執政官が立ち上がってテーブル上の3次元リストを指しながら、数人の新生児にチェックマークを付けていた。
 ハイネは目を開いて面倒臭そうに応えた。

「そんな20年も先のことなんか、わかりませんよ。第1、私は生きていないかも知れない。」
「そんなぁ・・・」

 と執政官が不満気に声を上げた。

「局長が生きていないのだったら、僕等はなおさらだ。」

 議場内で笑いが起こった。ハイネは立ち上がった。

「20年先に人員の補充が必要かどうか、これから養育棟へ行って子供達を見て来ます。」

 意味不明のことを言い、彼は誰の返事も待たずに議場を出て行った。執政官達は呆気にとられた。討議はハイネ抜きでもかまわないが、彼が出て行った理由がわからないのだ。
 その時、ヤマザキ医師が立ち上がった。

「すみません、ちょっと席を外します。」

 顔が真っ青だ。リプリー長官が頷いて了承を伝えると、彼はすぐに出て行った。
 パーシバルがそれを見送り、ケンウッドを見た。ケンウッドは自身も胃がむかむかしてくるのを感じた。

 まさか、2日酔い?

  彼はリプリーに向き直った。

「長官、私も中座させて頂きます。どうも・・・体調が良くなくて・・・」

 リプリーは呆れるより先に笑った。

「この後が無理なら休んでもらって結構。会議で決まったことは後でメールしておく。」
「よろしくお願いいたします。」

 ケンウッドまでが立ち上がったので、パーシバルが不安気に見た。この男は何にも感じない様だ。ケンウッドは彼に微かに頭を下げ、急いで議場から出て行った。