2017年8月26日土曜日

後継者 2 - 3

 翌朝、ケンウッドは独りで朝食を摂っていた。場所は中央研究所の食堂で、施設内はまだ混み合う前で閑散としていた。
 昨夜はホストのハイネが眠ってしまったので、3人で彼をベッドに運んで寝かせた後、後片付けをして早々に引き揚げた。恐らく遅く迄残って飲んでもハイネは気にしなかっただろうが、彼等はマナーを守った。
 食堂にパーシバルが現れた時、ケンウッドは彼に連れがいるのを見て驚いた。意外な人物だったからだ。

「おはよう!」

とパーシバルがケンウッドを見つけてやって来た。ケンウッドもおはようと返事をしてから、彼の連れにも「おはようございます」と挨拶した。

「おはようございます、ご一緒してもよろしいの?」

とキーラ・セドウィック博士が微笑みながら尋ねた。ケンウッドも柔らかな笑みを浮かべて頷いて見せた。
 優雅な動作でキーラが彼の正面に座った。パーシバルはその隣だ。ちょっと意外だった。キーラはパーシバルをローガン・ハイネにちょっかいを出す「美男子好き」として警戒していたのではなかったのか?
 食事中の会話は他愛ないものばかりだった。パーシバルは新しく誕生する子供達の健康状態を知りたがり、外の世界に病気が蔓延していないか、妊産婦達が毎日楽しく過ごしているか、とキーラと話をしていた。
 そう言えば、とキーラがケンウッドを見た。

「リプリー長官は来週末に大統領と会食なさるそうですが、貴方もご一緒されるの、ケンウッド博士?」
「いいえ、私は留守番です。長官、副長官が同時にドームを空けるのは月の委員会に呼び出される時ぐらいですよ。」
「あら、残念。貴方から大統領の情報をお聞き出来るかと期待したのに。」
「大統領の情報?」
「今の大統領が取り替え子システムをどう考えているのか、知っておきたいのですわ。」

 地球人で取り替え子の事実を知っているのは、各ドームが存在する国の首脳だけなのだ。首脳が交代すれば、その度にドームの幹部が面会し、システムを説明する。まず全員の首脳がショックを受け、うろたえる。そして受け容れるが、彼等が本当に納得出来ているかどうかは、わからない。現在のところ、事実を公表した首脳は世界中に独りもいないが・・・。

「それはリプリー長官にお聞きになればよろしいかと・・・」
「あの方は苦手なのよね、私・・・」

 キーラが苦笑した。

「あちらも女性は苦手の様で、女性執政官達は彼に要望があってもなかなか素直に言い出せないと愚痴っていますわ。」
「そんな時の為に、副長官がいるんですよ。」

とパーシバル。彼はケンウッドを見て笑った。

「ニコラスは堅物ですが、女性には親切です。彼の女性助手達は言いたい放題ですよ。」
「では、副長官から長官に大統領の考えを探って来て、とお願いして下さいます?」
 
 キーラが物ねだりする様な目でケンウッドを見つめて笑って見せた。男心をくすぐる瞳だ。母親もこんな目だったのだろうか。
 ケンウッドは渋々と言う表情で頷いた。

「承知しました。昼前の定時面会の時に、キーラ博士からのたってのお願いで、と伝えておきます。」
「あらぁ、私の名前をお出しになるの?」
「貴女からのお願いですから。」
「はいはい、その通りです。」

 キーラが素直に認め、3人は笑った。
 彼女が時計を見た。そして出産管理区に出勤しなければ、とトレイを持って立ち上がった。

「お先に失礼させて頂きます。」

と言ってから、彼女は振り返って言った。

「今度、ローガン・ハイネの部屋で飲まれる時は、私も誘って頂けませんこと? 彼、一度も声をかけてくれたことがないんですよ、私は30年もここにいると言うのに・・・」
「は・・・はぁ・・・」

 ケンウッドが気後れした顔で応えると、彼女は謎の微笑みを浮かべて去って行った。
 キーラ・セドウィック博士が食堂から出て行くと、パーシバルがケンウッドの方に体を乗り出して囁いた。

「キーラはハイネの母親のオリジナルと血縁関係があると言う噂を知っているか?」
「母親のオリジナル?」

 ケンウッドは彼女が消えた方向を見た。成る程、キーラとハイネの顔が似ていることに関して、そんな憶測がドーム内にある訳か。恐らく30年間、ドームの「都市伝説」になっているのだろう。ケンウッドが知らなかっただけで。

「もし母親のオリジナルと血縁だったら、彼女にも進化型1級遺伝子があるのかもな。」

とパーシバルがわざとらしく推測してみた。するとケンウッドは笑った。

「それはない。彼女が年齢より若く見えるのは彼女が美人で美容指導者でもあるからだ。ハイネの若さを保つ肉体とは少し肌の老化の過程が異なる。彼女は普通の人だ。」
「ああ・・・やっぱりハイネの母親の希少遺伝子はヘテロなんだな。ホモで若さを保つコロニー人って、辺境のメトセラ型の開拓地に行かないといない訳だ。」

 パーシバルはちょっと考え込んだ。

「ハイネの実の兄弟っているのかな?」
「いたとしても、もう爺さんだろう。 もしハイネと同じ遺伝子を持っていたら、例外ではあるが兄弟でドームに残されたはずだ。白髪ではあるだろうが、若さは保っていないさ。」
「普通の地球人だったら80歳迄生きていないだろうしな・・・。」

 彼はふと何かを思いついた。

「ニコ、君は就任式で15代目の局長だったドーマーに会ったと言っていたな?」
「うん、ランディ・マーカス・ドーマーだ。」
「執政官は『黄昏の家』に訪問出来る・・・」
「彼を訪ねるつもりか?」
「90歳を越えるドーマーが何人いるか知ってるか? たったの5人だ。そのうちの2名は寝たきりだ。マーカス・ドーマーが元気なうちに僕は会ってみたい。過去に進化型1級遺伝子を持って生まれたドーマー達がどんな生涯を送ったのか、聞いておきたいんだ。ハイネには聞きづらくてね。」
「それは、セイヤーズの為か?」
「うん。セイヤーズが帰って来た時の為に・・・あの子が一生西ユーラシアの観察棟に閉じ込められるのだけは避けたいんだよ。」