2017年8月9日水曜日

侵略者 9 - 17

 ドーマー達のテーブルで笑い声が一段と大きくなった。ケンウッドが振り返ると、助手がハイネの向かいに立っていた。彼の顔は紅潮しており、ドーマー達はその緊張振りを笑っていたのだ。ハイネは暫く黙って若いコロニー人を見上げていたが、やがて優しい笑みを浮かべて片手を差し出した。素手の握手を許可されたのだが、助手は舞い上がってしまってその意味に気が付かない。ケンウッドは局長の機嫌を損ねないかとハラハラしながら見守った。するとマリオ・コルレオーネ・ドーマーが助手の耳に何やら囁いて、若者を現実に引き戻した。助手は慌てて衣服で手を拭いて、差し出されたハイネの手を握った。ドーマー達がまた歓声を上げた。
 力が抜けてボーッとしてしまった助手を空席までマリオ・コルレオーネ・ドーマーが誘導した。 
 ハイネがケンウッドを振り返って、肩をすくめて見せた。彼はちゃんとケンウッド達がそこに居るのを知っていたのだ。ケンウッドは助手を受け容れてくれた彼に黙礼して見せた。
 ハナオカ書記長が元の席に戻ろうと立ち上がったので、ケンウッドは今夜はドームに宿泊するのかと尋ねた。

「いや、3時間後に発つ。サンテシマ・ルイス・リンも連れて行く。真夜中に出発すれば、ドーマー達の目につくこともないだろう。昼間の騒ぎを覚えているか? ドーマーが集結していただろう?」
「目の前で見ました。しかし、あの集結のメインは、ハイネの復帰を見に来ただけですよ。彼等は素直にハイネの言うことを聞いてくれました。」
「そんな風に同胞に指図が出来るように、我々はハイネを躾けたのだ。彼の誕生は偶然だったが、あの身体的特徴を発見した執政官は、使える、と思ったのだろう。若さを保つ細胞と純白の体毛だ。ミヒャエル・マリノフスキーの白髪は成長に従ってダークヘアの色素が抜けていったが、ローガン・ハイネは生まれつきだ。しかし色素欠乏症ではない。白変種だ。父親がああ言う色の体毛を持つ家系の出と言うことだ。そして母親から「待機型」進化型1級遺伝子を受け継いだ。神がかったドーマーとして育てると言うアイデアを、当時の執政官達は最善と考えたのだろう。あんな子供をドームの外に出せば、必ずメーカーに狙われる。だからドームに残してドーマー支配に利用しようと考えた・・・。」
「ハイネにすれば迷惑だったでしょう。」
「迷惑?」
「若い頃の彼は外に出たかった・・・。」
「彼はダニエル・オライオン・・・彼の部屋兄弟だ。」
「知っています。会ったことがあります。」
「そうか・・・では、当時のことを少しは知っているのだな。ハイネはオライオンについて行きたかった、それだけだ。ドームの外の世界がどんなものか、彼には知ったことではない、弟のそばに居られれば、彼は満足だったはずだ。」
「何故ドームはオライオンを引き留めなかったのです?」
「私が赴任する前の話だから詳しいことはわからん。恐らくオライオンが外の世界を知ってしまったので、閉じ込めるのは酷だと思ったのだろう。しかしハイネに外の世界の話を聞かせるのは歓迎出来ない、だからオライオンを外へ出した。そんなところだ。」

 ハナオカ書記長はドーマー達を目を細めて眺めた。

「あのテーブルのドーマー達は全員外に出ないまま一生をドームの中で過ごす連中だ。だから、ハイネは気が楽なのだろう。あんなに楽しそうな彼を見たのは、初めての様な気がする。」

 友人の過去を知る人間に嫉妬した訳ではなかったが、ケンウッドはもっと幸福そうなハイネを見たことがある、と思った。

 蜂蜜をたっぷりかけたクワトロ・フォルマッジを食べる時のハイネの至福の表情をこの男は知らないのだ。