2017年9月2日土曜日

後継者 3 - 1

 新しい遺伝子管理局の職員が誕生した。ケンウッドは初めて入局式に出席した。遺伝子管理局本部の局長室で行われた式には、来賓としてランディ・マーカス15代目局長とキーラ・セドウィック博士が出席していた。
 ケンウッドは来賓ではなく、ドームの現役幹部として、リプリー長官と共にハイネ局長の近くの席に座った。向かいには遺伝子管理局各班のチーフ達が並んでいる。内務捜査班のチーフ、ジャン=カルロス・ロッシーニは遂に長官に正体を明かすかと思われたが、内務捜査班の席には本部の班チーフ執務室でいつも事務仕事をしている副官が座っていた。
長官は副官がチーフだと思っているのか、それとも気にしないのか、何もコメントしなかった。
 新人3名が入って来た。真新しいダークスーツに身を包み、緊張した顔で部屋の中央に立って、クロエル・ドーマー、ジョージ・ルーカス・ドーマー、クレイグ・ホルツ・ドーマーの順に自己紹介した。クロエルは流石におちゃらける余裕がないのか、正しい英語の発音をしようと努力していた。キーラ・セドウィックが若者達を愛情を籠めた目で見つめた。ルーカスとホルツは彼女が取り上げた子供達だ。育てた訳ではないが、感慨ひとしおだろう。クロエルは外から来た子供だが、母性をくすぐる面立ちなので、出産管理区の執政官達にも人気があった。
 ローガン・ハイネ局長が3名のプロフィール紹介をした。クロエルは父親が不明なのが玉に瑕だが、母親は由緒ある家系だった。その母親から不要の子と見なされたことは、この場では言及されなかった。しかし、ハイネが母親のことに触れた時、クロエルの表情が硬くなったのをケンウッドは見逃さなかった。これが、この陽気な若者の弱点なのだな、と知った。これから彼と付き合う際に、決して触れてはいけない話題だ。少なくとも、彼自身が触れない限りは。
 ルーカスとホルツは普通の家庭の子供なので、遺伝子に特に言及する項目がなかった。それでハイネは彼等の特技を紹介した。ルーカスは大昔の映画製作の巨匠と同姓同名だったが、偶然この少年も画像撮影が得意だった。芸術家の遺伝子が隠れているのかも知れないとハイネに言われ、彼は嬉しそうな顔をした。
 ホルツは射撃が得意で、実弾も光線も決して的を外さないのだと言う。本人は狩人の末裔だと信じているが、ハイネは同僚を守る為に更に腕を磨いて欲しいと言った。敵の命を奪う弾丸ではなく敵さえ守る魔手になってもらいたいと言われ、彼は闘志を沸き立たせた様だ。
 リプリー長官が挨拶した。演説が不得手の彼の訓示は短く、3人の若者がこれからの任務で経験を積み、地球の未来の為に働いてくれることを期待する、と言う内容だった。
 ケンウッドも訓示を用意していたが、長官の話が短かったので、急遽変更を余儀なくされた。

「若いドーマー諸君、どうか怪我なく、病気をすることなく、元気な姿でドームに帰還して欲しい。それが私達年配者が毎日願っていることだ。」

 巧く伝わったかなぁ、とケンウッドは冷や汗をかきながら席に戻った。キーラが微笑んでいるのが見えた。少なくとも、馬鹿にはされていないな、と思った。
 再びハイネ局長が立ち上がり、3人の配属先を発表した。

「クロエル・ドーマー。」
「はい!」
「南米班第2チーム。」
「有り難うございます。」
「ジョージ・ルーカス・ドーマー。」
「はい!」
「北米北部班第4チーム。」
「え? アラスカですか?」

 思わず尋ねたルーカスにハイネがじろりと青みがかった薄灰色の目を向けた。ルーカスは慌てて定められた挨拶を返した。

「有り難うございます。」

 ハイネはすっと目を次の新人に向けた。

「クレイグ・ホルツ・ドーマー。」
「はい!」
「中米班第3チーム。」
「有り難うございます。」

 ケンウッドは新人達が配属された先がどの班でも一番自然環境が厳しく支局巡りが容易でない場所であることに気が付いた。いきなり究極の職場に配するのが、ハイネ流の新人教育なのだろう。それぞれの班チーフたちがニヤニヤクスクス笑っているのは、既に局長との間で話が着いているからだ。新人をもらえなかった北米南部班のチーフは、新人教育の苦労をせずに済むのでホッとしていた。彼の班にはセイヤーズ捜索と言う面倒な仕事があるから、新たな苦労を抱え込まずに済んで嬉しいのだろう。
 ハイネが執政官達を見た。何か言うことはないかと無言で尋ねたのだ。長官もケンウッドもキーラ・セドウィックも言うことはなかった。するとマーカス・ドーマーが車椅子の上で手を叩き始めた。執政官達も拍手をして、班チーフ達が新人に退室を合図した。
 若者達がぎくしゃくとスーツに身を包んだ体を動かして退室して、ドアが閉まった途端、局長室の内部は緊張感がなくなった。
 ハイネがフーッと息を吐いて執務机の向こう側の自身の椅子に体を沈めると、北米北部班のチーフがからかった。

「局長、3年振りの入局式にお疲れの様子ですね。」
「ルーカスを睨み付けられた時は、どうなることかと冷やっとしましたよ。」

 南米班チーフまでがからかうので、ハイネはムッとして、ケンウッドの方を見た。

「私は睨み付けた覚えはないのですがね・・・」
「目つきが良くない爺さんが見つめれば、若い初心な子は睨まれたと思うさ。」

 ケンウッドの返答に15代目が笑った。釣られてハイネも笑ったので、ほどなく室内は爆笑に包まれた。一同が落ち着く頃にリプリー長官が、

「今頃あの3人は互いの任地を比べ合って、誰が一番ましか論じ合っているだろうな。」

と呟き、再び室内に笑いを誘った。