2017年9月9日土曜日

後継者 3 - 10

 ヘンリー・パーシバルの月での身の振り方が内定したことを祝って、4人の男達はハイネのアパートに集まった。パーシバルの健康を考えて強い酒はなし・・・と言うことはなく、アルコールがないのはパーシバルだけだった。ハイネは木星コロニーの名産品と言われる度数の高い酒を出してきて、ヤマザキを不安にさせた。
 4人は取り敢えず酒と紅茶で乾杯した。

「神経外科の医者になるのか?」
「そうらしい。既に月から準備の手引き書が送信されて来た。」
「まだ古い医者は月に居るのだろう?」
「その人が送って来たんだ。引退して故郷のコロニーに帰るので気が逸っているらしい。次の仕事が楽しみだとかで・・・」
「まだ半年あるだろうが?」
「その半年で前任者の教えが必要ないように勉強しろとさ。」
「その人は後継者が見つかって嬉しいのでしょう。」

 ハイネが1滴だけ酒をパーシバルの紅茶に落とした。芳醇な香りが熱いお茶から立ち昇った。パーシバルはそれをグッと鼻に吸い込んだ。

「僕は普段から酒はあまり飲まないが、こんな風に仲間と飲めるのは幸せだと思うよ。」

 彼はドームの外から引いたチーズを出して来た。発酵食品をドームの中に持ち込むにはかなり厳しい検査がある。厨房班の注文を叶えようと尽力している庶務課は苦労だ。そこに執政官の個人的な希望も入ると、袖の下でも欲しくなる。パーシバルはそう言うところも融通の利く男で、上質のカマンベールとロックフォール、2種類の黴タイプのチーズを仕入れてもらい、御礼にドーマー達に憧れの遊園地の入場券を買ってやった。
 ローガン・ハイネはもうめろめろで、マタタビをもらった猫みたいにパーシバルにべったりくっついてしまった。ケンウッドはパーシバルが羨ましかったので、ハイネをからかった。

「ハイネ、もう黴はこりごりじゃなかったのか?」
「こんなの、恐くありませんよ。」

 ハイネはカマンベールの白黴を愛おしそうに見つめた。
 ヤマザキはロックフォールに蜂蜜をかけながら、残りの半年は何をするのかとパーシバルに尋ねた。決まってるだろう、とパーシバルは答えた。

「ファンクラブの世話をする後継者を育てるのさ。ポールやドーソン達のファンクラブは既に引き継げる人材がいるけど、新しく作ったところは僕が中心だったから、執政官達を教育しないとね。ただドーマーを愛でるだけじゃ駄目なんだ。仕事の便宜を図ったり、不埒なヤツから守ってやらないと。」
「後継者育成はどこの分野でも重要問題だな。」

 ケンウッドは将来を考えて溜息をついた。リプリー長官はことある毎に彼に「次の長官は君だ」と言ってくれるのだが、では次の副長官は誰なのか、それは考えていないようだ。ケンウッドを副長官にと指名したのが、前副長官のリプリー自身だったので、次期副長官を指名するのは現副長官のケンウッドだと考えているに違いない。しかしケンウッドはまだ心当たりの人材を見つけられないでいる。パーシバルに任せようと思っていたので、彼がドームを引退してしまうと、何処からか見つけてこなければならない。さもなくば月から知らない人間を派遣してもらうことになる。
 ケンウッドが副長官職について考え込んでいると、ハイネ局長も言った。

「ワッツ・ドーマーが維持班総代を引退すると言い出しまして、困っています。」
「えっ、エイブも辞めるのか?」
「総代を辞めるのです。歳なので、後進に道を譲りたいと言うのです。」
「人材はいくらでも居るだろう? ドーマーは大勢いるし、どれも才能豊かな人間ばかりだ。」
「各班や部課に候補は大勢います。でもみんな若いのです。私から見れば、息子の世代ばかりです。」

 コホンッとヤマザキが咳払いした。

「ハイネ、僕等も君から見れば息子の世代なのだがね・・・」
「そうでしたっけ?」

ととぼけるハイネ。パーシバルが

「僕等は年寄りに見えるのか?」

と呟き、ハイネが見事に返した。

「外見は私と同じ年代に見えますよ。」

 ケンウッドもヤマザキも大笑いした。パーシバルも笑いながらハイネを抱きしめた。

「君はでかいけど、本当に可愛いなぁ! みんなに訊いてみな、君は僕等より10歳は若く見えているから。」
「30代に?」
「40代だよ。」
「では、貴方方は50代?」
「そうだよ、知らなかったのか?」
「知りませんでした。」
「嘘つけ!」

 遺伝子管理局長はドームに住むコロニー人のプロフィールを全部チェックしているはずだ。全員の生年月日を把握している。

「ハイネ、個人情報を訊くのは良くないとわかっているが、教えてくれよ。キーラ・セドウィックの誕生日は何時だい? 歳はいいから、月日だけ教えてくれ。地球暦で良いからね。」
「何の為に?」
「助けてくれた御礼に、誕生日に贈り物をしたいんだ。誕生日以外に何か贈っても、彼女は受け取ってくれなさそうだしな。」

 ハイネはパーシバルから身を離して、少し考え込んだ。ケンウッドは思った。子供の誕生日を忘れないのは母親で、父親はよく忘れるのだ。ましてや、父親がドーマーであればなおさら・・・。
 ハイネが顔を上げた。

「彼女の来年の誕生日は・・・」
「来年?」

 と素っ頓狂な声を出したのはヤマザキだ。

「年毎に誕生日が変わるのか?」

 ケンウッドはハッとした。

「まさか、2月29日だったか?」
「そうです。宇宙暦では知りませんが、地球暦で計算すると、そうなります。」
「計算って・・・日数計算したのか?」
「地球人はそんなことをしません。単純に・・・来年は3月1日です。」
「2月28日ではなく?」
「女性は1日早く歳を取るのは嫌がるでしょう? ちなみに、彼女は今54歳です。」

 キーラ・セドウィックはハイネが28歳の時の子供なのか。ケンウッドは計算した。ダニエル・オライオンは23歳でドームを出た。ハイネは彼より3歳年上だったし、誕生日もほぼ同じだから当時26歳。その後ふさぎ込んだハイネを慰めようと当時の女性執政官達はかわりばんこに彼を誘惑したのだ。マーサ・セドウィックが彼と意気投合して、1年後に身籠もって宇宙へ還り、故郷で出産したら、計算が合う。

「2月だったら、ヘンリー、君は月に居るだろう?」
「月からでも贈り物は出来るさ。」

 パーシバルはニヤッと笑った。

「だから秋分の日までに、彼女が欲しがる物を探ってみるさ。」