2017年9月17日日曜日

後継者 4 - 11

 夕刻、ケンウッドは夕食前に少し運動をしようとジムに行った。着替えて筋トレコースを数分していると、ペルラ・ドーマーがやって来た。彼も運動着だから、先に来ていて副長官を見つけたのだ。
 挨拶の後で、秘書が尋ねた。

「昨夜の私の行動を局長に話されましたね?」
「君が若い連中と夕食を摂ったことかい?」
「会話の内容を彼等からお聞きになったでしょう? 1人、貴方のテーブルに座っていましたから。」

 ケンウッドはマシンを止めて、秘書を振り返った。

「局長から何か言われたのか?」
「後継者の教育には時間をかけろと仰いました。」
「つまり、君に辞めてくれるなと言うことだよ。」

 ペルラ・ドーマーはうっすらと笑った。

「私には私の事情と言うのもあるのですよ、副長官。」
「どこか体調が悪いのか?」
「そうではなくて・・・」

 秘書は頬を少し赤らめて小さな声で言った。

「私にも私生活でパートナーがおります。その彼が引退を決意しました。彼の場合は本当に体調が良くなくて、『黄昏の家』への移動を医療区から勧められています。あちらへ行ってしまえば、彼の体調ではもうこちらへ後進指導に来ることは無理でしょう。健康な者は引退表明しなければ『黄昏の家』を訪問することを許されません。私はパートナーと共に居たいのです。私が動けなくなって向こうへ行く迄、パートナーが生きているとも思えない・・・」

 ケンウッドは胸を突かれる思いだった。ペルラ・ドーマーにも私生活があると、何故今まで思わなかったのだろう? 彼は動揺を隠せなかった。

「グレゴリー・・・何故それを局長に言わないのだ?」
「局長は・・・」

 ペルラ・ドーマーはさらに小さな声になった。

「ずっとお独りでしたから・・・何方とも添われずに孤独に耐えていらっしゃる方ですから・・・」
「馬鹿だなぁ。」

 思わずケンウッドは呟いていた。

「ハイネは仲の良いカップルを引き離すのを何よりも厭うさ。第1秘書の後継はセルシウス・ドーマーが出来るだろう?」
「ええ・・・彼は充分能力があります。」
「それなら、第2秘書を育てる訳だから、君とジェレミーでやれば良い。ちゃんと局長に君の事情を伝えなさい。」

 ケンウッドはペルラ・ドーマーと別れると、更衣室に戻った。端末を取り出してリプリー長官に電話を掛けた。

「長官? 今夜少し時間を取って頂けませんか?」

 リプリー長官はいつものごとく夕食直前まで執務室で業務をしていた様だ。背後で微かに秘書の声が聞こえていたが、内容は聞き取れなかった。秘書は誰かと話している。
 リプリーが尋ねた。

「夕食を摂りながらでは無理かな? 」
「内容をドーマー達に聞かれたくないので・・・」

 ケンウッドは更衣室内に誰か居るかも知れないと思い当たり、急いで付け足した。

「今は聞かれたくないと言うだけで、深刻な話題ではありませんが。」
「複雑そうだな。」

とリプリー。

「夕食の後でバーで一杯やりながらでは、どうかな? 」
「長官は飲めないのでは?」
「カクテル1杯ぐらいなら平気だ。」
「では・・・9時で?」
「いいとも。」

 地球人類復活委員会は、ドームを「誕生の場」と定めている。そこで暮らし働くドーマー達には、死に関わらせないようにしているのだ。ケンウッドはそれがどうしても理解出来ない。生きとし生けるものは全て生まれて死ぬ。死も生の一部ではないのか? 健康なドーマーが「黄昏の家」を訪問して何が悪いのだ? 会いたい人がそこに居るなら、会わせてやっても良いではないか。