2017年9月18日月曜日

後継者 4 - 13

 翌朝、ローガン・ハイネ・ドーマーが遺伝子管理局に出勤すると、コンピュータにリプリー長官からメッセージが届いていた。端末に送れば済むものを、と思いながら彼はメッセージを開いた。少し話し合いたい案件があるので、手が空いたら連絡を入れて欲しいと言う。ハイネは別画面でその日処理すべきデータ件数を出した。ちょっと考え込んでから返信した。

ーー11時半にそちらへ伺います。

 リプリーから速攻で返事が来た。了解と言う。まるでコンピュータの画面を開いて待ち構えていたみたいだ。
 秘書2人はいつもの様に何事も変わったことがない顔で業務に励んでいた。時々ペルラ・ドーマーがセルシウス・ドーマーに書類上のミスや改善点を指摘する回数がちょっと多かったが、恐らく彼は後輩を指導しているつもりなのだろう。セルシウスは先輩の決意をまだ何も知らされていないので、五月蠅いなぁ、ぐらいにしか感じていないはずだ。
 ハイネは秘書達を放って置いて、自身の業務を約束の時間迄に終わらせることに専念した。
 11時過ぎに何とかその日の課題をやってしまい、彼はファイルを閉じると部下達に声を掛けた。

「長官に呼び出しを受けた。中央研究所に顔を出してくるから、君達はいつも通り適当に昼休みを取りなさい。」
「わかりました。」
「行ってらっしゃい。」

 ハイネは局長室を出て通路を歩き、ロビーへ出た。中央研究所と行き先を告げて外へ出たところで、噂のネピア・ドーマーとばったり出会した。中東系の家族の子供で、大人しく真面目な男と言う評判だ。部下に指図する立場を望んでいる様に見えないが、本当に秘書志望なのだろうか。秘書がただの書類整理の仕事だとは思っていないはずだが。
 ネピア・ドーマーは局長といきなり出会ったので、びっくりした様子で、慇懃に挨拶した。ハイネは彼の態度に誠実さを感じた。

「ネピア・ドーマー、今日は内勤の日かね?」
「はい・・・抗原注射効力切れは昨日でしたから、今日から3日間内勤です。」
「君の年齢では、もう『飽和』か『通過』を済ませているだろう?」
「はい、37歳で『通過』を済ませました。ですから、効力切れ休暇は本当にのんびりさせていただけて、助かります。」
「君のチームはセイヤーズ捜索で北米にも出かけるのだったな?」
「そうです。南米班ですが、パタゴニア方面担当ですから、北米内陸地方と気候が変わらないだろうと班チーフが北米南部班に協力を申し出たのです。」
「迷惑だろう?」

 ハイネがちょっとからかうと、ネピア・ドーマーはブンブンと勢いよく首を振った。

「とんでもありません! 地球の安全を脅かす様な遺伝子を野放しには出来ませんから!」

 本当に真面目な男だ。ハイネは内心苦笑した。

「セイヤーズは地球征服など考えやせんよ。2年目で捜索の規模を縮小させるつもりだ。後は有志で探させる。」
「有志とは・・・ポール・レイン・ドーマーですか?」
「恐らく、彼と彼の部屋の仲間だな。」

 ネピア・ドーマーはハイネの顔を眩しそうに見つめた。

「私はあの年代が危なっかしく思えて仕方がありません。」
「危なっかしい?」
「ええ・・・何を考えているのか、よくわからないところがあります。」

 そう言えばネピアの班には、クロエル・ドーマーがいたな、とハイネはぼんやり思った。クロエルの斬新な発想にこの真面目な局員は振り回されているのかも知れない。
ハイネは優しくネピア・ドーマーに言い聞かせた。

「私から見れば、君も若い、理解するのが難しい世代だ。固い考えで若者をくくって見ないように。」

 ネピアはハッとした表情で頭を下げた。

「わかりました。気をつけます。」

 ハイネは「じゃぁな」と言って、歩き始めた。恐らくネピア・ドーマーは事務仕事には申し分ない才能を発揮するだろう。問題はあの堅苦しい頭だ・・・。