2017年9月23日土曜日

後継者 5 - 4

 昼食を終えてハイネが局長室に戻ると、ペルラ・ドーマーが1人で業務を行っていた。第2秘書のセルシウス・ドーマーは中央研究所に情報収集に出かけた様だ。
 ハイネが執務机に着くと、ペルラが席を発ってそばに来た。

「ちょっとお時間を頂いてよろしいでしょうか?」

 ハイネが頷くと、彼は面談者用の椅子には目もくれずに前に立った。

「正午のネットニュースの内容は、私の引退に関係があるのでしょうか?」

 ハイネは正直に答えた。

「ないと言えば嘘になる。だがコロニー人達は200年近く昔に作られた規則に疑問を持っていた。ドーマーが愛情を抱いた相手と最後の時間を一緒に過ごせないのはおかしいのではないか、と。さっき私が昼食を取りに行ったら、大勢のドーマー達が私を通して長官達に感謝の意を伝えて行ったよ。」

 ペルラ・ドーマーがハッとした表情になった。彼は自身とパートナーのことしか頭になかったこの数日間のことを恥じた。

「申し訳ありませんでした、私は自分のことで精一杯になっていました。」
「恥じることはないぞ、グレゴリー。」

 ハイネは優しく部下を慰めた。

「私はいつだって自分のことで精一杯だから、君の恋人の存在すら想像したことがなかった。君はいつも私の世話を親身になってしてくれたのにな。
 今の『黄昏の家』の住人は私よりも10歳以上年長の爺様ばかりだ。君のパートナーのゴードン・ヘイワードが行けば、きっと子供扱いされるだろう。それは覚悟しておくが良い。」
「脅かさないで下さい、局長・・・」

 ペルラ・ドーマーがやっと笑った。

「執政官に聞きましたが、引退宣言をしても本当に身体的に弱ってしまう迄は『黄昏の家』に移る許可は出して頂けないそうです。それで内心途方に暮れておりましたが、今日のニュースの内容を読んで、安堵しました。後継者の教育をしながらあちらへヘイワードの看病にも通えるスケジュール調整を致します。決して業務に支障が出るようなへまはしないつもりです。」
「後継者の目星はついたのか?」
「はい、5名ばかりに声を掛け、現在3名に見習いで来てもらえることを確認してあります。もしお許し頂ければ、明後日から教育を始めたいと思います。」

 もしヘイワードが亡くなって、それでもペルラ・ドーマーが丈夫だったら、彼はどうするつもりなのだろう、とハイネは内心思ったが、口には出さなかった。彼とて自身より若いドーマーの死亡届けに承認印を出すのは嫌だった。

「ところでグレゴリー、君が後継者を教育することを、ジェレミーには言ってあるのか?」
「あっ!」

 ペルラ・ドーマーの間の抜けた顔を見られるのは滅多にない。

「す・・・すみません、彼にはまだ何も言っておりませんでした・・・」

 ハイネは思わず吹き出した。

「ジェレミーだって馬鹿じゃないさ。彼はなんとなく察していた様子だぞ。だから正午のニュースを君に見せたのではないのか?」
「そう言われれば、そうですね・・・」

 ペルラ・ドーマーは汗を拭う仕草をした。

「考えてみれば、私は彼を第1秘書にする訓練を真っ先にするべきなのですよ。すっかり念頭から抜け落ちていました。」
「3名の訓練生の教育はジェレミーがするのだ。それを忘れるなよ、第1秘書君。」
「承知致しました。」

 ハイネとペルラは互いの顔を見合って笑い合った。