2017年9月29日金曜日

後継者 6 - 1

 ヘンリー・パーシバルとキーラ・セドウィックの両博士は旅先のヨーロッパから毎日の様に画像メッセを送って来た。

「報告はいいから、ゆっくり楽しんで来いよ。」

とケンウッドが気遣って言うと、パーシバルは笑って、

「君が寂しがると思って送ってるんだから、そっちこそ楽しんでくれよ。」

と言い返した。確かに背景はとても美しかった。中世の古い町並み、素朴な田園風景、荘厳な寺院、気高いアルプス・・・。市場では賑やかな雰囲気が伝わって来た。男ばかりだが、町の古さに会わせた上品な賑やかさだ。
 ドームでは研究着や手術着の姿が多かったキーラが私服で登場する。貴族的な顔立ちが風景によく合っている。

 そう言えば、ハイネと言う姓はドイツ系だったな・・・

 キーラは父親にはメッセを送っているのだろうか? 彼女はケンウッドに各地のチーズを紹介してくれた。これは局長に見せろと言う意味か? とケンウッドは考えてしまった。
 ドームでは急速に世代交代が行われていた。エイブラハム・ワッツ・ドーマーはドーム維持班総代表の座をロビン・コスビー・ドーマーに譲り渡すと、ただの現場監督として現場に戻った。もっとも老齢なので、顧問として指導する立場の方が多くなるだろう。
 一般食堂の司厨長は後継者候補3人に交代で現場指揮を執らせ始めた。部下達が言うことを聞いてスムーズに働いてくれないと、現場は忽ち大混乱になる。ドームの食事を扱う部署だから、混乱すると住人達が迷惑する。司厨長は広報に彼の考えを載せた。

ーーパーシバル博士の送別会に3人の司厨長候補者の料理を出します。送別会の参加者のみなさんで投票をお願いします。

 送別会か・・・とケンウッドはその言葉を哀しい気持ちで心の中で繰り返した。パーシバルはこれからも地球に来る機会が何度でもある。しかし、毎日食堂で顔を合わせて冗談を言い合ったり、愚痴を聞いてもらうことは出来ない。

 友達ならもっと体のことを気遣ってやれば良かった。

 健康と言えば、遺伝子管理局長の秘書の恋人の体調はこの数日安定している。グレゴリー・ペルラ・ドーマーは3人の秘書希望者を選び、局長室に入れた。第2秘書のジェレミー・セルシウス・ドーマーに第1秘書の業務を教えながら、3人に秘書の仕事を教えるのだ。3人の弟子達の仕事ぶりを局長は何も言わずに見守っている。
 送別会は有志で行うことになっているが、参加希望の「有志」がかなりの人数になった。リプリー長官はパーティ好きではないのだが、余りに参加者が多いので長官が出ないのはおかしいのではないか、と自ら心配して参加希望者の中に入ってきた。実行委員会を立ち上げ、ケンウッドは委員長になった。会場は一般食堂、参加者は会費制で、事前に申し込んだ者以外でも当日参加可能。ドーマーのアマチュアバンドが演奏を買って出たので、音楽を任せることにした。
 酒を出すか出さないか迷ったが、主役のパーシバルは飲まない男だし、ドーマーには原則飲酒させてはいけないことになっている。アルコール類は軽いビールとワインを少しだけにした。
 演説はなしにしよう、とヤマザキは言ったが、それでもリプリーに開始の挨拶だけしてもらうことにした。演説嫌いの長官は、うんと短く喋ってくれるだろう。
 パーティの準備で忙しくなったので、寂しさは少し紛れた。それに日常の業務もしなければならない。
 送別会の前日にパーシバルとキーラが帰って来る。その日のさらに前日、ケンウッドは「お勤め」のドーマーのリストを遺伝子管理局へ提出する為に、昼食後に本部へ行った。事前にアポを取っていたので、セルシウス・ドーマーの弟子になる候補者の1人がドアを開けてくれた。中に入ると、第2秘書の執務机にはもう1人の候補者が着いており、コンピュータで作業中で、残る3人目が横に立ってそれを見守っていた。セルシウスは第1秘書の机に居た。ペルラ・ドーマーが居ないな、と思ったら、セルシウスが顔を向けて挨拶してくれた。

「お待ちしておりました、ケンウッド博士。」

 副長官としての業務ではなく研究者としての業務なので、ドーマー達は彼を博士と呼んだ。ケンウッドは微笑みながら挨拶を返した。

「お邪魔する。弟子達は学習は進んでいるかね?」
「はい!」

と元気よく答えたのは、ドアを開けてくれたドーマーだった。