2017年10月7日土曜日

後継者 6 - 9

 翌朝・・・と言っても眠りについてほんの3,4時間後だったが、男達は起きて、よれよれのまま食堂へ朝ご飯に出かけた。
 まだ空は真っ暗で、食堂内は閑散としていた。厨房だけは賑やかだった。24時間稼働の世界だから、何時誰が食べに来るかわからない。温かい朝食が準備されていた。
 パーシバルが配膳コーナーの棚の隙間から中を覗き込んで声を掛けた。

「おはよう! 夕べは有り難う、最後の晩餐は素晴らしかったよ!」

 老いた司厨長が姿を現した。まだ司厨長の帽子を被っている。彼はパーシバルとちょっと言葉を交わしてから、新司厨長の選挙結果を報告した。

「困ったことに、3人ともほぼ同数の得票数でしてね、仕方が無いので、3人制にしました。」
「3人制?」

とハイネ局長が割り込んだ。彼だけはきちんとスーツ姿だ。今朝は執政官会議に出なければならないので、局長業務を先に済ませてしまう魂胆だった。

「君は3人がかりで私の相手をさせるつもりなのか?」
「ほう、若い連中にも喧嘩を売ろうって考えてるんですか?」

 恒例の喧嘩が始まりそうなので、ケンウッドが素早く中に入った。

「シェフが3人と言うことは、交替制にしたんだね?」

 司厨長は救われた思いで彼に頷いて見せた。

「ええ、一月ごとに3ヶ月のサイクルで司厨長が替わります。」
「それはまた楽しみだ。」
「僕はその恩恵にあずかれないなぁ。」

 パーシバルが残念がると、司厨長は彼に微笑みかけた。

「でも回診に来られるのでしょう?」
「その予定だけど、まだ具体的な計画が出来ていないから、月へ行ってから前任者と相談だ。アメリカ・ドームだけと言う訳にはいかないのでね、地球全体を回診するんだよ。」
「かならずここをコースに入れて下さいよ。みんな博士に会えるのを楽しみにしているんですから。」
「有り難う!」

 喧嘩しそびれたハイネはヤマザキに引っ張られて料理を取り、先にテーブルに着いていた。ケンウッドとパーシバルがやって来ると、彼は送迎フロアへは見送りに行けないと断った。

「昨日の昼頃から迷惑メールが多くて困っていましてね・・・」

 彼は端末の画面を博士達に見せた。それを見て、3人のコロニー人は思わず吹き出した。そこにはハイネ局長は送迎フロアには行くべきでないと言うドーマー達からの忠告メッセージが延々と連なって表示されていた。博士達は唸った。

「彼等は君がまた新たな病原菌で病気になることを恐れているんだな。」
「しかし、消毒班はしっかりやっているじゃないか。」
「消毒してもカディナ黴は体内に浸透して侵入したからなぁ・・・ハイネを守りたい一心でドーマー達はヘンリーの見送りをするなと警告しているんだ。」
「ありがた迷惑ですけどね・・・」
「気にするなよ、ハイネ。」

 パーシバルは正面に座っている局長に笑いかけた。

「どうせ執政官会議で最後の別れの挨拶をするのだし、君はドーマー代表で話すだろう? それで充分さ、僕等はまた会えるんだし。」

 ハイネは無言で頷いた。ケンウッドは思った。ドーマー達は過去にも大勢の仲良くなった執政官達が宇宙へ還るのを見送ってきた。コロニー人達の多くはそれっきり地球へは戻ってこなかった。地球は被保護惑星なので、簡単には来られない。貿易や観光に来たい場合は地球の該当政府に申請を出してややこしい手続きの後、やっと許可をもらえる。しかしドームは外の世界から厳重に切り離されて保護されている施設なので、遊びに来る目的では絶対に入れてもらえない。外に出る仕事を持っていないドーマー達は懐かしいコロニー人に2度と会えないのだ。だから、ドーマー達はパーシバルの退官を悲しみ惜しんでくれる。「また来る」と言われても、心から信じているのではないのだろう。ハイネも大勢のコロニー人を見送ってそれっきりだったに違いない。

「ヘンリーは来るなと言っても来るから。」

とケンウッドはハイネにさりげない調子で言った。

「この男は自分でどんどんコネを作るのが得意なんだ。執行部にも上手く手を伸ばすはずだ。」

 ヤマザキはもうお別れの話にはうんざりしたようだ。時計を見て、そろそろ行かなきゃ、と言った。そして猛烈な勢いで食べ始めた。

「回診と言うことは、医療区に来られると言うことですね?」

とハイネが確認した。パーシバルが頷いた。

「神経系の患者を診に来るんだ。だからグレゴリーの背中のチクチクがまだ続いていることを願うよ。」

 ハイネがやっと笑ってくれた。

 その後の執政官会議でヘンリー・パーシバルはユリアン・リプリー長官から正式に解任の辞令を受け、離任式が行われた。ローガン・ハイネ遺伝子管理局長と新しい維持班総代表ロビン・コスビーがドーマーを代表して挨拶をして、パーシバル自身の挨拶の後、彼は拍手で中央研究所を去った。
 送迎フロアは手が空いているドーマー達が押し合いへし合いで彼を見送ったので、執政官達が恐怖を感じるほどだった。ケンウッドはなんとか外まで出て、空港で親友がシャトルに乗り込む迄付き合った。

「過去、退官でこんなに騒がれた人はいなかったでしょうね。」

とコロニー側の空港職員達が感想を述べたほどだった。

「そりゃさ、あのローガン・ハイネに愛された人だからさ。ドーマー達のお気に入りのコロニー人なんだ。」
「それじゃ、また戻って来ますね。ドーマーの管理に執行部も利用出来る人材ですから。」

 ヘンリー・パーシバルがアメリカ・ドームを去って3ヶ月後、ゴードン・ヘイワード・ドーマーが68歳4ヶ月の生涯を終えた。恋人のペルラ・ドーマーがドーマーとして初めて愛する人の最期に立ち会いを許され、その手を取って見送った。
 ペルラ・ドーマーはその後、「黄昏の家」のドーマー側の管理者に任命され、大小2つのドームを往復して働いた。
 一般食堂の司厨長は3人制の新司厨長に仕事を任せると安心したのか、半年後に「黄昏の家」に隠居した。そこで2年ほど厨房で働き、体が言うことを利かなくなったと言う理由で完全に引退する迄、チーズケーキの味を極める修行を続け、半熟とろとろチーズスフレを完成させた。
 エイブラハム・ワッツ・ドーマーは養育棟で子供達に木工細工を教える教官となり、情操教育や職業訓練に貢献した。ハイネが彼のアパートのメンバーに3度勧誘したが、飲酒は手元を狂わせると言う理由で頑固に断り続け、一度も部屋に行くことはなかった。

 ユリアン・リプリーは約束通り、5年で長官職を辞した。退官する際、彼は執行部に後任をニコラス・ケンウッドに託すと上奏した。もし受け容れられなければ、ドーマー達が暴動を起こすかも知れないと脅しまでかけたが、その必要はなかった。ケンウッドの人柄を知る人々が既に執行部に宣伝をしており、勿論、ヘンリー・パーシバルの働き掛けも大きかったのだ。
 そして、アメリカ・ドーム第25代長官ニコラス・ケンウッドが誕生したのは言うまでも無い。