2017年11月3日金曜日

退出者 3 - 5

 ケンウッドは肉料理を食べ終え、あまり食が進まなそうなニュカネンを見た。ニュカネンは体調が悪いのではなく、物思いに沈んでいるように見えた。恋人のことを考えているのだろうか。レインはケンウッドの肉の2倍はありそうな大きなステーキをぺろりと平らげ、デザートを待つだけになっていた。
 ケンウッドはさりげなく口を開いた。

「今日は私の好奇心を優先させてもらったお陰で大学内しか視察出来なかった。君達の職務の進行を遅らせて申し訳なかった。明日はどうするかね? 私の希望は無視してもらってかまわないから、重要性の高い所を廻ってくれ。」

 するとレインが苦笑した。

「チームリーダーから博士のご希望通りに行動せよと申し使っています。巡回は毎度のことですから、リスト上の研究施設全部を1度に廻る必要はありません。」

 ニュカネンが顔を上げた。

「しかし、トーラス野生動物保護団体とマルビナス・クローニング・サービスは必ず行っておかないと・・・」
「そこは俺が先月行ったばかりだ。君は別の組だったから行かなかっただけだ。」
「だが、あの2件の施設は寄付金も多いし・・・」
「君は物乞いに行くのか?」
「なにっ!」
「おいおい・・・」

 危うくテーブル越しにつかみ合いをしそうになったドーマー達をケンウッドは急いで止めた。

「その2件は私も名前ぐらい知っている。ニュカネンが言う通り、ドーム事業に多額の寄付をしてくれるのも確かだ。遺伝子管理局は野生生物の遺伝子も管理しているから、行くのは当然だな。挨拶程度で良いのだろう?」

 実際、遺伝子管理局には「内勤」と呼ばれる外に出かけないドーマー達が大勢いるが、彼等の職務の大半が人間以外の生物の遺伝子管理だ。個体の遺伝子ではなく、「種」としての遺伝子を登録したり、絶滅種の遺伝子記録を録ったりするのだ。生物の遺伝子を扱う理由は、人間が新種の生物を創造しないように見張る為だ。この「新種の生物」とは、即ち生物兵器となる細菌等の微生物であり、或いは新たな病原菌の発生を防ぐ目的もあった。或いは平和目的で家畜や食糧増産の為の植物の遺伝子組み換えを行う研究を監視もしていた。こちらは特許などの絡みもあり、遺伝子管理局に登録されていない遺伝子を持つ家畜の飼育は禁止されているのだった。
 トーラス野生動物保護団体は野生動物をクローニングで絶滅から救った実績がある団体で、その会員は富裕層で占められていた。この団体は脊椎動物を扱っており、会員は富豪クラスが多いので寄付金の額も無視出来ない数字だった。ケンウッドもドーム副長官として1度は顔を出しておくべきだと感じた。
 マルビナス・クローニング・サービスは穀物や野菜の新種を開発したり植物の成長に欠かせない昆虫の研究をしている。ドーム内で栽培されている野菜はここの商品であることが多く、やはり無視出来ない。

「怪しい研究をしている様子はありませんから、挨拶だけでよろしいかと思います。」

とレインが言った。

「恐らく、今日の昼に行った大学の研究室のいずれかが、関係のある民間施設に博士が来られていることを伝えてしまっているでしょう。」
「抜き打ちにならなくて、済まないね。」
「気になさらないで下さい。どうせ黒塗りの車が街に入った瞬間から、遺伝子管理局が巡回してきたと情報が拡散しているのですから。」