2017年11月16日木曜日

退出者 5 - 9

 ケンウッドは筋力トレーニングをしているレインに声を掛けた。

「やぁ、レイン・ドーマー。今日は効力切れ休暇だろう? もうそんなに体を動かせるのかね?」

 レインが器具を止めて振り返った。副長官と局長がそばにいるのを見て、立ち上がった。

「ご心配なく、俺達は慣れていますから。それより副長官のお怪我の経過はいかがですか?」
「私も平気だ。力が入らないだけで、それ以外は普通に生活出来る。気遣い有り難う。」

 ワグナーとニュカネンも運動を休止してしまっているのを見て、ケンウッドは彼等の邪魔をしてしまったなぁと後悔した。
 気の良いクラウス・フォン・ワグナー・ドーマーが局長の顔を見て、少し緊張の面持ちで声を掛けた。

「あの、局長・・・僕、ちょっとご相談したいことがあるのですが・・・」

 ハイネが彼に顔を向けた。何だ? と訊かれて、ワグナーは少し躊躇してから言った。

「僕・・・『通過』を受けたいのですが・・・」

 「通過」は無菌状態で育ったドーマーを故意に感冒や麻疹や下痢などの病気に罹らせて外の世界の空気に慣れさせる荒療治だ。これを経験すれば抗原注射を打たなくてもドーマーは外で活動出来るようになる。勿論、「通過」を行わず、注射を打たずに外に出て自然の成り行きに任せる方法もあるが、その場合は感染する病原菌の種類は罹ってしまわなければわからないので、危険を伴うのだ。
 「通過」を受ける時は発熱、悪寒、下痢、鼻水、腹痛などが順番に体を襲ってくるので、ドーマーは大変不愉快な期間を過ごすことになる。何しろ殆どの普通の地球人が生まれてから成人する迄に罹る病気をたった2週間で全部経験させるのだ。体力を要する治療だ。だから「通過」を受けるのは若いうちが良いとされている。
 レインとニュカネンが同時に弟分のワグナーを左右から見た。ワグナーの決意を知らなかった様子だ。2人共驚いていた。
 ワグナーは「通過」を受けたい理由を一所懸命局長に伝えようとした。

「時間を気にしないで働きたいです。いつも制限時間を気にしながら活動していては、要領の悪い僕には成果を上げられません。『通過』さえ済ませておけば、仲間と同じ48時間の勤務でも時間を気にせずに働けます。心に余裕を持てると思うのです。」

 ハイネが優しく微笑んだ。

「ワグナー、その希望をチーム・リーダーに伝えたか?」
「いいえ・・・まだです。」
「今すぐに私から医療区に伝えることは出来るが、間を飛ばしてはトバイアス・ジョンソン・ドーマーが不愉快に思うだろう。急ぐ必要はない。明日にでもジョンソンに君の希望を伝えなさい。班チーフに伝えてくれるはずだ。医療区の手続きは班チーフの役目だからな。もしジョンソンが渋るようなことがあれば、ハイネに既に伝えてあると言えば良い。ジョンソンは反対するまい。」

 わかりました、と言ってから、ワグナーはまだもじもじしながら、「もう一つ・・・」と言った。ニュカネンが顔をしかめて見せた。

「おい、厚かましいぞ。」

 しかしレインは

「かまわないから、今のうちに話を聞いてもらえ。」

とけしかけた。
 ハイネとケンウッドが待っているので、ワグナーは「通過」の時より固い表情になって要求を出した。

「局長、僕にヘリコプターの操縦士の資格を取らせて下さい、お願いします!」
「ヘリの?」

 ハイネはケンウッドを見た。ケンウッドは重力のある惑星上でヘリコプターや飛行機が飛ぶのを内心恐ろしいと思っている。小さく首を横に振った。反対したのだ。
 ワグナーは副長官を無視して局長に訴えた。

「中部や西部の山岳地帯は地上の移動よりもヘリを使った方が便利です。ですが支局のパイロットは民間人です。ドーム内の話題を聞かせる訳にいきません。ドームの航空班のヘリは、中部まで飛ぶスピードを考えれば飛行機に負けます。支局のヘリを使った方がエネルギー代を考えればお徳です。僕が操縦して仲間を運びます。
 どうか、僕にヘリコプターの航空免許を取らせて下さい、お願いします!」