2017年11月18日土曜日

退出者 6 - 2

 遺伝子管理局北米南部班チーフ、フレデリック・ベイル・ドーマーは第3チームのリーダー、トバイアス・ジョンソン・ドーマーからクラウス・フォン・ワグナー・ドーマーの「通過」の要請を受けて、少し考え込んだ。

「ワグナーから要求が出ているのだな?」
「そうですが?」
「レインからではない?」
「レインは一言もそんな要求を出しません。」

 ジョンソンのチームには同じ「トニー小父さんの部屋」出身の局員が3人もいる。部屋兄弟と言うのは普通絆が強く仲良しのはずだが、ポール・レイン・ドーマーとリュック・ニュカネン・ドーマーが犬猿の仲なので、ジョンソンはよく喧嘩の仲裁で閉口していた。レインとニュカネンがなんとか同じチームで我慢出来ているのは、穏やかな性格の弟分ワグナーがいるからだ。
 ベイルは彼自身は「通過」をまだ経験していない。多忙なせいだ。恐らく「通過」を経験する前に「飽和」が来てしまうのではないかと内心危惧していた。「飽和」は体内の抗原注射の薬剤が限界量に達っすることで、薬が体内から抜けてしまう迄1週間か10日ほど正気を失ってしまう現象だ。「通過」又は「飽和」を体験してしまえば、普通の地球人同様外気に平気な肉体が手に入るのだが、どちらも苦しみの経験だ。

「俺はレインが最初に『通過』を受けるものと思っていたがな・・・」

 ポール・レインは今でも脱走した恋人ダリル・セイヤーズ・ドーマーを探し続けている。任務の合間に捜査活動しているのをベイルは承知していた。時間を気にせずに探せる肉体を欲しているのはレインだろうと思ったのだ。だからジョンソンからワグナーの要望を聞かされて意外な気がした。
 ワグナーには女性ドーマーの恋人がいる。一生女性に縁がないドーマーが殆どなのだから、ワグナーは「めっちゃラッキー」な男なのに、外に出る時間を増やしたいとは、どう言う了見だ? とベイルは考えた。

「理由を聞いたか?」
「ただ時間に縛られずに捜査活動したいと言うだけで・・・」

 単純な理由だ。もっとも遺伝子管理局では殆どの「通過」経験者がこの理由で許可をもらうのだ。維持班の様に「通過」を受けなければまともな仕事が出来ない職場ではない。
 ベイルはワグナーが誠実な男であると評価している。発信器を埋め込んであるし、ドームには恋人が待っている。脱走の心配はないはずだ。
 彼は頷いた。

「わかった。医療区で手続きをしておこう。ワグナーが休んでいる期間、シフトはどうする? 代行は必要か?」
「2週間でしたね? 私と残りの4名でなんとかやりくりします。」

 ジョンソンがそう応えた時、彼の端末に電話が着信した。失礼、と上司に断って彼は画面を見た。掛けて来たのはリュック・ニュカネン・ドーマーだった。彼は画面をチラリとチーフに見せてから、電話に出た。

「ジョンソンだ。」
「ニュカネンです。ジョンソン・ドーマー、ちょっとご相談したいことがあります。」
「電話で言えることか?」
「あの・・・」

 ニュカネンが躊躇った。ジョンソンは嫌な予感がした。何だ? と促すと、ニュカネンは固い声で言った。

「『通過』の許可をお願いします。」