2017年11月19日日曜日

退出者 6 - 4

 フレデリック・ベイル・ドーマーはまだ「通過」を経験していなかった。そして局長も経験していないことを知っていた。外に出たことがない人に「通過を甘く見るな」と言われて、彼はちょっとムッとした。ハイネはそれを敏感に感じ取ったが気づかないふりをした。部下達のこの手の反応は嫌と言う程見てきたので慣れていた。彼はそれとなく説明した。

「私は内務捜査班の頃に薬剤師をしていたので、執政官がドーマーに『通過』の処置を施すのを何度も見て来た。どんな薬剤を用いて苦痛を緩和すべきか、体重や症状に合わせて量をいかほどに決めるべきか教わった。その為に観察室の前に座って何時間も観察する役目を与えられた。
 だから苦痛を体験したことはないが、体験している人間の症状は幾通りも見て来た。『通過』は拷問ではないし、外の人間ならば子供時代から少しずつ経験する病気を一度に体験してしまうだけだ。外の人間でも丈夫な人は病気に罹らない。ドーマーも体質によっては軽く済んでしまう者と重篤に陥る者がいる。初入局者の外界初体験とは勝手が違うものなのだよ、ベイル。」

 ベイル・ドーマーは頬を赤らめた。己の心の中を局長に見透かされていたと悟ったのだ。

「失礼致しました。代行者は誰でも良いと考えておりましたが、間違っていました。局員経験のある者で『通過』を済ませた人を選びます。一月は見ておくべきでしょうね?」

 それでハイネは周囲にさっと目を走らせて彼等の会話に聞き耳を立てている人間がいないことを確かめてから、本当のことを班チーフに打ち明けた。

「昨日ジムでワグナーから『通過』の相談を受けた。受けたい理由は君やジョンソン・ドーマーが聞いた通りだが、実は彼の要望にはまだ先がある。」
「先?」

 ベイルは驚いた。ワグナーの様なペーペーが畏れ多くも局長に直談判したと言うのか?

「彼はまだ何か要求したのですか?」

 ハイネが小さく笑った。

「あの男は仕事熱心な上に兄貴分を助けたいと思っているのだろう。ヘリコプターの操縦免許を取得したいと希望したので、それは『通過』を終えてから君に相談しろと言っておいた。」
「ヘリの操縦免許ですか・・・」

 ベイルは予想外の部下の希望に驚いた。暫く黙り込んで、ヘリの操縦席に座るクラウス・フォン・ワグナーの姿を想像してみた。

「あの男なら、飛ばせるでしょうね。」

と彼は言った。

「物覚えが早いですし、何をするにしても丁寧です。複雑な計器を読み取れるでしょうし、咄嗟の判断力も抜群です。それに班に1人ぐらい自前のパイロットを持つのは誇れることですよ。」

 彼は局長に微笑んで見せた。

「わかりました。ワグナーの代行は彼の訓練期間も考慮して考えます。しかし、羨ましいですね、若者は。私は今更飛ぼうなんて思いませんよ、恐ろしくて・・・」
「私より遙かに若い君が何を言うか!」

 局長に拗ねて見せられて、ベイルは思わず声をたてて笑ってしまった。

「すみません、いつも局長が年長でいらっしゃるのを忘れてしまって。」
「世辞が上手くなったな。君もそろそろ歳だ。」

 2人はまた笑った。それから、ハイネは彼に自然に聞こえるように言った。

「今夜は班チーフが全員ドーム内に居るはずだな。会議を開くから午後8時に局長室へ集まるよう、君から伝言を頼む。」