2017年11月19日日曜日

退出者 6 - 6

 遺伝子管理局本部局長室に4名の班チーフが集まった。普段は忙しくて、任地も異なるので滅多に顔を合わせないのだ。だから局長が会議の開始を告げる迄彼等は少しリラックスして互いの近況を伝え合った。遅れて内務捜査班チーフのロッシーニ・ドーマーが入って来たので、彼等はちょっと驚いた。ロッシーニはドーム長官秘書でもあり、本部に顔を出す機会が滅多にない。リプリー長官は彼の「本業」を知らないからだ。それに内務捜査班が班チーフ会議に参加すること自体珍しかった。
 ハイネが執務机の向こうに着席した。班チーフ達は居住まいを正した。

「疲れているところを呼び出して申し訳ない。」

とハイネが切り出した。

「一つ新しいことを始めようと思い、君達の意見を聞かせて欲しいと思っている。」

 彼はコンピュータのキーを叩き、中央の会議用テーブルの上に街の三次元画像を立ち上げた。フレデリック・ベイル・ドーマーは何処の街かすぐわかった。

「セント・アイブス・メディカル・カレッジ・タウンですね?」
「うん。」

 ハイネは他の班チーフ達を見た。彼等は任地は遠く離れているが、その街がどんな場所かは承知していた。地球人の遺伝子学者や部分人体製造業者が多く集まっている得体の知れぬ街だ。
 そして彼等は一昨日の事件も知っていた。遺伝子管理局に逆恨みした男が、局員を襲撃して副長官に怪我を負わせたのだ。

「大きな街を見張るのは大仕事だが、この街の様に複雑怪奇な所も厄介だ。メーカーの巣とは言わないが、温床にはなる。月に1度の巡回では足りないと思うが、どうだろう?
ここだけではなく、南米にも3箇所、北米北部にも西海岸に1箇所、怪しげな街があるな? ノヴォ・サント・アンドレ、ヌエヴォ・サン・フアン、カリ、ニュー・カチカン・・・」
「巡回の回数を増やせと仰せですか?」
「否・・・監視専門の出張所を置こうかと思う。」

 班チーフ達が顔を見合わせた。

「監視専門と言うことは、ドーマーを常駐させると言う意味ですか?」
「常駐でも良いが、退出者をそこに住まわせて任に当たらせる方法もある。」

 班チーフ達はそれぞれ考え込んだ。ロッシーニ・ドーマーが尋ねた。

「出張所はどこが管轄になりますか? 支局ですか、各班ですか?」
「君達はどこが良いと思う?」

 逆に話を振られて、チーフ達はまた互いに見合った。
 南米班チーフが手を挙げて、発言した。

「監視と言うことは、何か不審な動きを見つけたら本部に出動要請すると言うことですね? それでしたら、支局に通報して支局が本部に報告する迄時間のロスが生じます。南米の場合、分室を拠点に動いていますから、分室、即ち私の管轄で出張所に働いてもらえれば都合が良いです。本部に居る時も私に直通で連絡するシステムを作って頂くことをお願いします。」
「南米班はもう出張所を置くことを前提に喋っている。」

と北米北部班チーフが呟いた。南米班がそれを聞き逃さず、

「君は反対か?」

と尋ねた。

「北米北部では出張所は必要ないと言うのだったら、置かずに済むだろう? 私の守備範囲は広大だ。出張所は支局とは違って私の目の役割をしてくれるのだから、必要だ。」
「しかし、出張所を置くとして、物資や緊急の援護が必要な場合はどうします?」

と中米班が尋ねた。 中米では島毎に事情が異なるので既に現地の人間に出張所の様な施設を任せているのだが、それは12代目かそれ以前の局長の時から行われているのだった。ハイネが彼に尋ねた。

「君の所では緊急時はどうしているのだ?」
「メキシコかコスタリカの支局からヘリか軽飛行機で応援が飛びます。まぁ、私の所ではメーカーや違反者より妊産婦の救護が殆どですが。」

 それに中米は人口が極端に減少してしまって無人の島が増えている。女性が生まれないから、クローンの女児の配分も減っているのだ。キューバやドミニカ、ジャマイカなどの大きな島に監視所を設けている。

「出張所の管理者は最寄りの支局とも密に連絡を取り合って情報を交換させるのが良いだろう。緊急時はヘリや車の輸送手段の確保を手伝ってもらう援護態勢を整えておくことが先決だ。但し、管轄は班に任せようと思う。出張所の定時報告は班チーフに任せる。」

 ハイネが部下達の意見をまとめてみた。異論はないか、と室内を見廻すと、ロッシーニが何か言いたそうな顔をしていたので、目で発言を促した。
 ロッシーニが言った。

「出張所の管理者は地元の研究施設や企業と顔馴染みになる訳ですな? 癒着の恐れはありませんか?」

 いかにも内務捜査班らしい意見に、班チーフ達が苦笑した。ベイル・ドーマーが言った。

「局員が巡回で月に1回訪問しますよ。抜き打ち訪問もありです。」

 ハイネは時計をチラリと見た。

「では、出張所を置く方向で進めよう。各班、本当に出張所が必要と思える場所をピックアップしてくれないか? 私が先刻挙げた街にこだわることはない。君等が本当に怪しいと思える街を監視するのだ。場所を決めたら、物件を探してくれ。」
「え? 物件・・・ですか?」
「支局と違って、新しい建物は造らない。遺伝子管理局でございますと街に言いふらす必要がないからだ。空き家でも空きビルでもかまわないから、使える物件を見つけておくように。但し、賃貸は駄目だぞ。必ず売り地だ。仕事中に大家が家賃の取り立てにくると困るからな。」

 ハイネの最後の言葉に、班チーフ達がドッと笑った。ロッシーニが別の心配をした。

「ドームが土地購入の予算を認めますかね?」

 ハイネが彼を見つめて言った。

「認めさせるのが、私の仕事だ。」