2017年11月19日日曜日

退出者 7 - 1

 どうしてもキーラ・セドウィック博士の退官を見送りたいと言うクラウス・フォン・ワグナー・ドーマーとリュック・ニュカネン・ドーマーの「通過」が始まった。2人は別々の隣り合った個室に入り、そこで病原菌を軽いものから順番に与えられた。通路からガラス越しに観察出来るので、面会時間になると親しいドーマー仲間が見舞いに来た。ポール・レイン・ドーマーは可愛い弟分を見舞いに毎日時間が許す限り通ってきた。部屋の位置の関係でどうしても犬猿の仲のニュカネンの部屋の前を通らなければならないので、必然的にニュカネンも見舞うことになった。互いにガラス越しにアッカンベーをしたり、挑発的なボディランゲージを見せ合うので、看護師達が面白がって休憩室で話題にした。
 ワグナーの恋人、キャリー・ジンバリスト・ドーマーは医師免許がもうすぐ取れると言うところまでいっていた。本当は勉強に専念したいはずだが、彼氏が心配で通って来るので、ヤマザキは彼女の方を心配して、入院病棟に出入り禁止と言い渡した。

「勉強に専念出来ないのなら、君を観察棟に入れてしまうぞ。」

 2人の直属の上司であるトバイアス・ジョンソン・ドーマーは多忙なので見舞いに来たのは1回だけだった。彼は最初にワグナーを見舞った。体調を尋ねてから、見舞いに来た本題に触れた。

「ベイル・ドーマーから聞いたぞ、パイロット免許を取るつもりらしいな?」
「許可頂ければ・・・」
「君の様なでかい男が飛べるだろうか?」

 ジョンソンの言葉に、頭痛で悩んでいるワグナーは涙目で上司を見た。その生気のない顔を見て、ジョンソンは吹き出した。

「情けない顔をするなよ。君なら直ぐに免許をもらえるさ。山岳地帯での巡回に君が操縦するヘリがあれば大助かりだ。必ず合格しろよ!」
「はい、頑張ります。 ゴホゴホ・・・」

 ガラス越しなのに風邪をうつされそうな気がして、ジョンソン・ドーマーは「お大事に」と言って、隣に移動した。
 リュック・ニュカネンはベッドの上で体を丸めて寝ていた。腹痛が酷いのだ。下痢で水分が体から抜けてしまい、熱が下がらない。ベッド脇には水のボトルが3本置かれていたが2本は既に空っぽだった。
 ジョンソンが「話せるか?」と尋ねると、彼は重い頭を持ち上げて、窓の方を向き、マイクを引き寄せた。

「体調の件でしたら、ヤマザキ先生にお聞き下さい。」
「そんな用事ではない。」

 ニュカネンは衰弱してもリュック・ニュカネンだ、とジョンソンは思った。手続きはきちんとやらないと落ち着かないのだ。こちらもイラッとするので、用件をさっさと済ませることにした。

「『通過』が終わったら、君に特別任務を命じる。これは局長のお考えから始まったもので、班チーフも大乗り気だ。『通過』中の代行をそのまま働かせる間に、特別任務をこなしてもらうから、早く元気になれ。病気を長引かせるなよ。」

 ニュカネンは特別任務の内容を尋ねなかった。質問する気力がないのだ。ただ「了解しました」と答えただけで、ぐったりと枕に頭を戻してしまった。
 ジョンソンは溜息をついた。ニュカネンの特別任務とは、セント・アイブス・メディカル・カレッジ・タウンで売りに出ている空き家か空きビルを探すことだ。

 しかし、この男の固い頭で不動産屋と渡り合えるのだろうか?

 ジョンソン・ドーマーは不安を覚えた。