2017年11月26日日曜日

退出者 8 - 1

 ニコラス・ケンウッドはアイダ・サヤカ博士と共に火星コロニーに「里帰り」して、それぞれの親友で元同僚だったヘンリー・パーシバルとキーラ・セドウィックの結婚式に出席した。新郎新婦共に50歳を超えていたし、キーラは地球生活が30年も続いたので、出席者は多くなかった。しかし、それの方が内輪の和やかな式とその後のパーティで盛り上がることが出来た。
 パーシバルの老いた叔父が父親に代わって式を取り仕切り、2人に夫婦の誓いをさせた。パーシバルの兄弟たちはそれぞれ妻子を伴って来て、賑やかだった。
 キーラの方は、母親とそのボーイフレンドである引退した弁護士、そして異父弟とその家族、異父弟の父親も来ていたが、マーサ・セドウィックとは顔を合わせて挨拶をしただけで、異父弟一家と共にいた。
 ケンウッドはマーサを初めて見た。ローガン・ハイネ・ドーマーがかつて愛した女性は、まだ美しかったが、やはり80歳を過ぎた年配の女性に過ぎなかった。娘のキーラが50歳を過ぎているのに30代に見えるのは、父親の遺伝子に関係していると見て間違いないだろう。キーラはやはり進化型1級遺伝子を持っている。
 ケンウッドの危惧を察したのだろう、アイダ・サヤカが囁いた。

「大丈夫、キーラは子供ができたら歳をとりますよ。美容に集中する時間がなくなりますもの。」

 女性とはそう言うものなのか? と独身のケンウッドは驚いた。
 ケンウッドとて、全くモテなかった訳ではない。若い頃は数人の女性とデートしたり、結婚に悩んだこともあるのだ。しかし、彼は研究の方を選んでしまった。どうしても相手の女性の肌の状態が気になって、愛想をつかされたのだ。
 ケンウッドが1人でビュッフェの料理を選んでいるところへ、マーサが近づいて来た。
彼女は笑顔で今日は、と挨拶して、出席の感謝を述べてから、小声で囁いた。

「あの方に伝言をお願い出来ますか?」

 「あの方」がローガン・ハイネ・ドーマーのことだとすぐにわかった。なんでしょう?とケンウッドは少しだけ警戒しながら彼女の言葉を待った。
 マーサが微笑んだ。

「一言、有難う、と伝えて下さいませ。娘を長い間守って戴いて有難う、私を許して下さって有難う、それだけです。」

 そして彼女はオレンジを皿に取って現在のボーイフレンドの所へ戻って行った。
 ケンウッドは肩の力を抜いて、新米夫婦を振り返った。キーラの異父弟の家族とパーシバルが仲良くふざけ合っていた。キーラは義理の妹と談笑していた。アイダ・サヤカも一緒だ。
 
 地球でもこんな風景がどこででも見られれば良いのだがな・・・