2018年1月1日月曜日

購入者 1 - 2

 アメリカ・ドームではやはり吹雪によって暗い空を恨めし気に見上げている男がいた。ドームはどんな天候でも中にいる人間が影響を受けない堅固な外壁に守られているのだが、お出かけしたい者にとっては迷惑な話だ。お出かけではなく、他所のドームに帰還したいのに足止めを食っている人間にとってはもっと迷惑だ。

「日課が滞るじゃないか・・・」

とミヒャエル・マリノフスキー・ドーマーが呟いた。真っ白な髪と、でっぷりと太った体躯、優しい光を放つ青い目。体内に栄養を蓄えて飢饉に備えると言う、進化型1級遺伝子保有者だ。だから彼は太っている。毎日たっぷりと食事を摂っているので、太る必要はないのだが、彼の細胞はしっかりと栄養を溜め込んでしまうのだ。運動しても無駄。体重調整には食べないことが必要だが、食べてしまう。空腹だとさらに細胞が活性化するからだ。そしてまた栄養を溜め込む。悪循環である。
 マリノフスキーは西ユーラシア・ドームの遺伝子管理局の局長だ。年齢は90歳。しかし肌はまだツヤツヤで、若者の様に皺もない。
 彼の横に立ったアメリカ・ドームの遺伝子管理局長ローガン・ハイネ・ドーマーがスリムなので、2人が並ぶと数字の10みたいだ。ハイネも真っ白な髪を持っている。彼の場合は他の体毛全てが純白だ。色素欠乏症ではなく、先祖代々白い体毛を持って生まれる白変種の人間だ。マリノフスキーが年齢に伴って白髪になったのとは違う。そしてハイネは若さを保つ遺伝子を持つ進化型1級遺伝子保有者だ。マリノフスキーと同年齢だが、彼はまだ40代になったばかりの様に見える。
 アメリカ・ドームで20年ぶりに遺伝子管理局長会議が開かれた。世界中の遺伝子管理局長が集まってドーマーの交換について話し合った。遺伝子の偏りを防ぐ目的で時々ドーマーの交換を行うのだが、それが「厄介払い」に使用されているのではないか、と誰かが言い出して、テレビ電話会議ではまどろっこしいので実際に集まって議論することになったのだ。最初は言い出しっぺの東アジア・ドームで開かれる予定だったが、月の地球人類復活委員会から「待った」がかかった。

 アメリカ・ドームのローガン・ハイネは外出不可能だから、アメリカで会議を開くように!

 ローガン・ハイネはコロニー人達が大切にするあまり幼児期からドームの外に1歩も出たことがなかった。外の世界を知らずに成人して歳を取ってしまった。しかも80歳近い頃に肺を宇宙黴に冒される大病を患ってしまったので、外気に触れることさえ出来ない。
その辺の事情はみんな知っていたので、開催場所の変更は素直に受け入れられた。お陰でアメリカ・ドームは会議の準備、おもてなしに忙殺されることになってしまった。
 会議はスムーズに進行し、交換されるドーマーの条件などを改定して無事閉会した。遺伝子管理局長達は会議が終わるとすぐに帰国したのだが、マリノフスキーだけは残った。彼はローガン・ハイネが好きで・・・と言っても恋愛ではなく、友人として・・・ちょっとだけ時間を遅らせたつもりだったのだが、その間に天候が急変してしまい、ドーム空港が閉鎖されてしまったのだ。

「気象衛星の情報では、1時間後に吹雪は止むそうだよ、ミーシャ。」
「それなら、お茶して待っていようかな・・・ハイネ、君は日課に戻って構わないぞ。私にかまう必要はない。」
「では、遠慮なく・・・」

 ハイネがマリノフスキーから離れかけた時、突然空がピカッと光った。強烈な光に人々が目を伏せたり瞑ったりした直後、轟音が響き、次の瞬間地面に小さな衝撃があった。
ドームは頑健な土台の上に建てられているのだが、振動を感じることが出来た。
 ドーム内の照明が消えた。世界が真っ暗になった。

「ハイネ?!」

 マリノフスキーが思わず叫んだ。ハイネは端末を出した。彼が最初に電話を掛けたのは出産管理区だった。すぐには繋がらなかったが、数秒後、呼び出し音が聞こえ、間も無く女性の声が答えた。

「出産管理区、アイダ・・・」
「アイダ博士、ハイネです。そちらは電源に異常はありませんか?」
「一瞬停電しましたが、すぐ復活しました。」
「良かった。女性達に動揺はないですか?」
「今、確認中です。様子が判明次第、連絡します。」
「よろしく頼みます。」

 次いでハイネはクローン製造施設に掛けた。
こちらは停電の影響はなかった。無停電装置が働いていた。振動の影響もない。
横でハイネと各施設との会話を聞いていたマリノフスキーが呟いた。

「停電はこちらだけか?」