2018年1月14日日曜日

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 長官執務室の主人が食堂で接客に精を出している頃、部屋ではドーマー秘書のジャン=カルロス・ロッシーニが執政官達から送られてくる研究報告書の整理に励んでいた。コロニー人秘書ヴァンサン・ヴェルティエンは副長官秘書と共に客が帰る時に持たせる品物の準備の為に送迎フロアの方へ出かけていた。
 客は中央研究所の入り口ロビーまで来たが、長官、副長官とはゲストハウスで面談した。それから儀礼的に各研究施設の入り口を見て回っただけだ。長官執務室も副長官執務室にも入らなかった。否、ケンウッドは入れなかったのだ。客は宇宙開拓事業団の社員であって、重役ではないし、研究者でもないからだ。ただ冷凍精液を運ぶ為だけに来たお遣いだ。出資者様のお遣いだから、失礼がないようおもてなしをする、それだけだ。
 ロッシーニは中央研究所で働いて長いので、コロニー人女性を数多く見てきた。9割は遺伝子学者か産婦人科医だ。たまにメディア関係の記者も来た。出資者様のお遣いの相手も初めてではない。しかし、今日の客は何か違っている様な印象を受けた。だから、長官や客と別れて長官執務室に戻った時、保安課のアーノルド・ベックマン課長に電話を掛けた。
 客の身元は確かなのか、と言うロッシーニの質問に、ベックマンは笑った。

「地球に降りてくるコロニー人は、月でしっかりとしたチェックを受けてからシャトルに乗るのだ。それにドームに入る時、徹底的に消毒するのは君等だろうが? 密入国なんて出来やしないさ、ドーマー君。」

 ベックマンはロッシーニと同年齢の66歳だが、コロニー人なので地球人より若く見える。それにコロニー人はドーマーを子供として見ると言うルールがあるので、ロッシーニに対しても年下として口を利く。ロッシーニは慣れているはずだが、この返答にはちょっと気を悪くした。彼は地球を守る目的で質問をした。もっと真剣に答えて欲しかった。

「わかりました。」

と返答して電話を切ると、彼は次に遺伝子管理局の内務捜査班オフィスに掛けた。副官のドーマーが出たので、彼は宇宙から来た客から目を離さない様にと指示を出した。

「客には長官がついていますが?」
「だから心配なのだ。あの長官は人が良いから。」
「しかし、客にはドーマーを近づけるなと指示が出ています。」
「1人も近づかないのは却って可笑しいだろう?」
「わかりました。では数名、さりげなくまとわりつかせます。」