2018年1月9日火曜日

購入者 3 - 2

 夕刻、ケンウッドが仕事を終えて夕食に出かけようと片付けをしていると、月の執行部から連絡が入った。本部からの通信は大概ロクでもない用件だ。ケンウッドは渋々応答した。
 画面にハナオカ委員長が現れた。3年前に先代ハレンバーグが勇退して、選挙で選ばれた男だ。ハレンバーグ時代は書記長をしていた。アメリカ・ドームの遺伝子管理局第15代局長だったランディ・マーカス・ドーマーがかつて「無害なコロニー人」と評した人物だ。つまり、凡人だと言ったのだ。

「こんばんは。」

とハナオカがアメリカ東海岸の時間を考慮に入れて挨拶した。ケンウッドが挨拶を返すと、委員長はその日の出来事に触れた。

「送電線の修理は終わったかね? 」
「はい、うちの優秀なドーマー達が極寒の外気の中で3時間かけて修復作業をしてくれました。」

 ハナオカが微笑んだ。彼はアメリカ・ドーム執政官のOBだ。ロビン・コスビー維持班総代表は彼がここに勤務していた時代に生まれたのだ。届出があった胎児の中から採用するドーマーを選考した会議に、彼も加わっていた。

「コスビーはワッツが認めた男だ、優秀であって当然だ。」

 まさか自身で選んだドーマーの優秀さを確認する為に通信している訳ではあるまい。ケンウッドが目で本題を催促すると、ハナオカはそれに気づいた。彼は咳払いして、ちょっとだけ躊躇った。

「実は、送電線の部品代のことなのだが・・・」
「宇宙軍が全額負担すると言うお話だったと思いますが?」
「勿論あちらが全額負担する。ただ、今直ぐと言う訳にはいかないそうだ。」

 ケンウッドは画面を見つめた。

「何です、それ?」
「ほら、あの落下した部品はドーム周辺のシティにも被害を及ぼしただろう?」
「ええ・・・ドームからも火災や停電しているのがわかりましたが・・・?」

 ケンウッドは嫌な予感がした。もしかして、優先事項ってやつか?
 ハナオカが「軍が言っているんだ」と強調して前置きした。

「地球政府からの要求で、シティの被害総額を軍が賠償するのだそうだ。」
「当然でしょう。」
「しかし、防衛軍の財政は決して豊かではない。」
「・・・」
「それで、軍は先ずはシティへ支払う賠償金を優先させることにした。」
「では送電線の部品の支払いは・・・」
「当方が立て替えることになった。軍は1年以内には返してくれるそうだが・・・。」

 信じられるものか。ケンウッドは気分が落ち込んだ。執行部も財政が豊かとは言えない。地球人類復活委員会は、有志の寄付金で運営されているのだ。その有志と言うのは、宇宙で事業を展開する企業や富豪達、所謂「出資者様」達のことだ。出資者達は綺麗事でドームを経営しているのではない。地球人を絶滅の危機から救うことで、地球にまだ豊富に残っている天然資源の採掘権や、広大な農地から収穫される農産物の仕入れ権を得たいのだ。送電線の代金など出資者様の財政レベルではワンコイン以下だ。それを直ぐに払ってくれないとなると・・・
 ケンウッドはハナオカに確認した。

「『当方』とは、当アメリカ・ドームのことですね?」

 ハナオカが重々しく頷いた。彼はケンウッドが一番懸念していた案を言葉に出した。

「ドーマー達の遺伝子を宇宙開拓事業団に売る。部品の業者が債権をあそこへ売ったのだ。」