2018年3月3日土曜日

脱落者 14 - 5

 キャリー・ワグナー・ドーマーは椅子をハイネに譲り、自身はセシリアと並んでベッドに座った。
 セシリア・ドーマーはハイネのハンカチで涙と鼻水を拭い、気分が落ち着いて来ると、リック・カールソンと血縁関係にあると思い込んだ経緯を思い出せる範囲で語った。
 リック・カールソンはハン・ジュアン博士の遣いで度々薬剤管理室を訪れていた。ハンサムで若い彼は女性達に人気で、大人しいセシリアも薬剤師の人数が少ないので彼と話をすることが出来た。ある時、彼が姉の名前はセシリアだと言った。そして双子なので、そっくりの姉がいるとも言った。セシリア・ドーマーは同名の人がいると言う話に興味を抱いた。それが憧れているコロニー人の身内なので、嬉しかった。
 フェリート薬剤管理室長が、ドーマーの名前の約束事を教えてくれた。ドーマー達は皆その約束事を養育棟時代に教えられるのだが、多くは気にしないで忘れてしまう。だから室長の言葉が間違っていても気にしなかった。フェリートはセシリアのオリジナルの名はセシリアだと言った。そしてオリジナルはドーマーと双子同然だから、そっくりなのだと。オリジナルの母親の名がセシリアなのに、オリジナルの名がセシリアだと言った、ただそれだけの言葉が、セシリア・ドーマーの勘違いを引き起こした。

「今思えば、私は本当に愚かでした。私はリック・カールソンが好きでした。でもドーマーとコロニー人の恋愛は禁じらています。少なくとも、コロニー人は罪に問われます。私は気持ちを努力して抑えていましたが、もし彼と姉弟なのであれば、彼を弟として愛せば良いと思ったのです。
 リックは別の勘違いをしたと思います。私が彼に必要以上に親しげに接したので、私が彼に恋愛感情を持っていると思ったようです。勿論、彼は間違っていませんでした。私は彼を男性として憧れたのですから。その思いを姉弟愛に無理矢理置き換えただけなのです。彼は親切にも、私に出来るだけ応えようとしてくれました。そして私の姉弟ごっこに合わせてくれました。
 私達の振る舞いをマーガレット・エヴァンズが見咎めて注意してくれましたが、私は愚かでしたから、聞く耳を持ちませんでした。もしあの時、彼女の注意に耳を傾けていれば、私はリックを死なせずに済んだかも知れません。」

 ハイネもキャリーも黙って聞いていた。セシリア・ドーマーが真実を語っているのか作り話をしているのか、確認する質問もしなかった。彼女の気がすむまで語らせた。

「フェリート室長は、オリジナルが広い世界で生きているのにクローンが閉じ込められて一生を過ごすのは気の毒だと言いました。それにリックは優秀なのに研究員の身分のままで博士になれないのも気の毒だと言いました。リックが博士になれないのは、大学の裁定で落とされたからです。でも地球で研究成果を上げれば、論文の成績に付加されて博士になれるのだそうです。」

 それはドーマー達もよく耳にする話だ。だから若い研究員達が地球勤務を希望して地球人類復活委員会に登録する。地球に女性誕生を、と本当に考えているのか首を傾げるような研究員が多いのはそのせいだ。そんな連中がルックスの良いドーマーをペット扱いして問題を起こすのだ。

「私はリックの研究成果の援助をしようと、色々薬剤調合で協力しました。ハン博士が新しい羊水分析薬を開発された時、それがリックの手柄だったらどんなに良いかと思いました。リックが博士の原稿を清書して室長に渡した時、薬品の反応時間が長いことに気がつきました。私が薬剤の置き換えで反応速度を上げてはどうかと言うと、リックはそれは彼も考えたが博士に却下されたと言いました。その時、室長が呟いたのです。」

 セシリアは涙を拭った。

「ハン博士はカールソン研究員の意見を潰すつもりだ、と。」

 キャリーはハイネを見た。これは悪魔の囁きだ。ハイネは微かに眉を寄せたが、何もコメントしなかった。

「リックはハン博士のレシピを少し変更しました。分析剤を完成の一歩手前で調合を止め、最後の1剤を実験直前に入れると反応速度が早くなるので、そのように書き換えたのです。そしてフェリート室長がそのレシピを木星の製薬会社に送信しました。
 けれど、製薬会社から戻ってきたのは、未完の分析剤と変更が追加されたレシピでした。触媒が2剤に増えていたのです。
 室長は反応がさらに早くなると言いましたが、エヴァンズが怪しんで未完の分析剤を検査しました。結果はシロで、私は室長の立会いの下で触媒2剤を調合しました。室長がそれを私が実験室に持って行くようにと言いました。調合した責任者として実験に立ち会っても良いと言って下さったので、私は嬉しかったのです。実験が成功すれば、ハン博士の研究が進み、リックも博士の称号を得るチャンスをもらえます。」

 ハイネが初めて呟いた。

「フェリートは君も一緒に爆発に巻き込むつもりだったのだな・・・証人を消す目的で。」