2018年3月3日土曜日

脱落者 14 - 6

「貴女は触媒が間違ったものだと気が付いた?」

 キャリーの質問に、セシリア・ドーマーはまた涙を目に浮かべて頷いた。

「ハン博士が1滴入れた瞬間に気がつきました。予想された色と違っていた・・・私が気づくと同時にハイネ局長が叫ばれました。何を叫ばれたのか覚えていませんけど、直後に局長に押し倒されて気絶しました。頭を床にぶつけたのだと思います。
 気が付いたら、部屋の中の空気は気化した薬品で真っ白になっていて、酸っぱい嫌な匂いがしていました。喉が焼けるように痛くて・・・私はリックが無事なのか気になって起き上がり、名前を呼びましたが、返事はありませんでした。テーブルの向こうへ行こうとしたら、倒れている人達が目に入りました。3人・・・血まみれで顔が・・・」

 彼女は両手で顔を覆った。ハイネとキャリーは辛抱強く彼女がまた口を開く迄待った。
 やがてセシリアは「すみません」と言って、気持ちを落ち着かせた。

「私は彼の名を呼び続けたような気がします。彼を助けなければ、と思い、彼はもう死んでいるのだと思い、何をどうして良いのかわかりませんでした。
 それから、気化した空気の向こうで誰かが動いているのに気がつきました。局長が副長官の蘇生処置をされていたのです。私は副長官は亡くなっていると思いました。死んだ人を手当するのなら、リックを助けてと言いましたけど、局長は聞いてくれませんでした。私は腹が立って、近くに落ちていたガラス片を掴みました。局長を脅してでもリックを助けて欲しかったのです。私はおかしくなっていたのでしょうね。
 局長はリックはもう手遅れだと仰いました。私はカッとなりました。ただ猛烈に腹が立った・・・それだけです。ガラス片を持って、死んだ副長官に向かって駆け出しました。死体を刺して死んでいることを局長に納得させようと思ったのか、それともただガラス片を持って走った意味不明の行動だったのか、もう思い出せません。局長が前に立ち塞がって、私はぶつかって行きました。」

 セシリアはハイネを見た。

「ごめんなさい、本当に申し訳ありませんでした。あの時は本当に世界が終わったと思いました。リックがいない世界なんて、私には意味がなかった・・・ドーマーは閉じ込められずに広い世界で死ぬべきです、私は解放されたかったんです。リックと宇宙へ行きたかったんです。狭くて暗い薬剤管理室はもう嫌でした。私は自分を解放して、貴方も解放して、自由な世界へ行こうと・・・あの部屋の中の人間は1人残らず死んでしまえば良いと・・・」

 キャリーが彼女の背中に手を当てた。

「貴女、お友達はいなかったの?」
「私・・・誰にも馴染めなくて・・・でもリックは優しくしてくれました。フェリート室長も・・・」

 セシリア・ドーマーはハイネを見た。

「私は殺人者ですね?」
「君は誰を殺したのかな?」

 ハイネは立ち上がった。ひどく悲しい気分だった。女性たちはドーマーとして生まれたのではない。取り替え子となるべき男子が母胎内で死亡してしまったので、止むを得ずドームに残されたのだ。もし男子が無事に生まれていたら、セシリア・ドーマーは今頃別の名前をもらって両親の下で暮らし、恋愛をして結婚して・・・。

「君はテロリストに道具として利用されたのだ。君にもつけ入れられる弱さがあったのは確かだ。君の処遇は班チーフ会議に委ねられる。今の君の証言は保安課がモニターしているので、会議で使用される可能性がある。君は弁護人を依頼するか?」

 ハイネが感情を交えない言葉で尋ねると、セシリア・ドーマーは首を振った。

「チーフ達に全てを委ねます。どんな処罰も受けます。私はもう元の生活に戻れませんから。」