2018年3月3日土曜日

脱落者 15 - 1

 ニコラス・ケンウッド長官は秘書ヴァンサン・ヴェルティエンを副長官に任命した。この人事には反発する人もいたが、ヴェルティエンが不満だからと言う理由でないことは救いだった。反発する人達は、入院中のガブリエル・ブラコフに同情しているのだ。
 ブラコフはケンウッドから説明を受けた時、5分間脳波翻訳機の電源を落とした。ケンウッドは忍耐強く彼が再び話し合いを再開するのを待った。
 やがてブラコフの手が翻訳機のスィッチを入れた。

「失礼しました。ちょっと感情の波が押し寄せてきて、上手く言葉を作れなかったので。」
「いくらでも待つさ。中途半端に話し合いを終わらせる訳に行かないからね。」
「ヴァンサンは副長官にふさわしい人です。」
「だが遺伝子学者ではない。彼は君の助けを必要としている。だから2人副長官制を採用する。」
「僕はまだ必要とされている? 本当に?」
「本当だ。こんな重要なことで嘘をつくものか。ドームはお情けで病人を置いておける場所じゃない。」

 ブラコフは体を起こした。顔には人工皮膚マスクが装着されている。感染症を予防する為に必要なのだ。まだ眼球や鼻は形成途中で、唇もできていないが、病室の中は手探りで歩ける迄に回復した。

「ヤマザキ博士が、僕に火星へ行けと仰るのですが。」
「火星に?」
「パーシバル博士が神経を再生させる治療を施して下さるので、火星で眼球の手術を受けて来いと・・・」
「そうか!」

 ケンウッドは端末でクローン製造施設を呼び出した。ブラコフの顔のパーツの形成進行状態を問い合わせてみた。ブラコフの眼球は後10日で完成すると言う返答だった。

「先ずは目を回復させなさい。筋肉と皮膚は徐々に再生されている。顔の造形は感覚器官の回復が終わってから整えよう。長期入院になるので、パーツができる都度、火星に送ってあげるよ。仕事は通信を介してヴェルティエンと共同でやってくれ。出来るだろう?」
「火星に行っても良いのですね?」
「勿論だ。迷っていたのかね?」
「執行部は僕をクビにするのではないかと心配でした。」
「クビになんかさせない。ドームで署名を集めている。執政官も研究員もドーマーも皆が君がここに残ることを望んでいる。」
「副長官職から降りても構いません、ここに残って研究を続けたいです。」
「ヘンリー・パーシバルは優秀な神経の研究者だ。再生技術はピカ一だから、きっと治してくれる。」