2018年3月11日日曜日

泥酔者 2 - 1

 ポール・レイン・ドーマーは大嫌いな書類仕事からやっと解放されて一般食堂へ入った。北米南部班は担当区域が広大で人口も多い。毎日申請書や届出が山の様に送られて来る。局員だけでは手が足りず、引退した局員である内勤職員の手伝いでこなしているのが現状だ。しかし重要書類は幹部、即ちチーフとリーダーの仕事だ。他の班のチーフは皆秘書を付けてもらっているが、レインは面倒だったので申請していない。だから全部1人でやらなければならない。時々手が空いた弟分のクラウス・フォン・ワグナー・ドーマーが手伝いに来てくれる。ワグナーもリーダーに昇格したのでマザーコンピュータの情報を直接覗ける権限を与えられたのだ。それにワグナーには秘書がいた。
 食堂の入り口でレインは広い館内を見渡した。彼が探していたのは局長だったが、白い頭のドーマーは1人も見つからなかった。局長に聞いて欲しい情報があった。ちょっと信じ難い話だが、女の子をクローンで製造する方程式を見つけたメーカーがいると言う噂だった。なんでもそいつは既に女の子を創ってしまっていると言うのだ。それがラムゼイなのか、別のメーカーなのか、まだ不明だが、女の子を創ったメーカーは未だかつていないのだから、大発見になる。それを確認する任務をもらおうと、レインは局長を探していたのだ。しかし本部で書類と格闘するのに忙しく、局長に面会を求める時間さえなかったのだ。
 局長はまだ執務室か、それとも長官の所か、と考えていると、いきなり後ろから声をかけられた。

「もしかして、君はポール・レインなのかな?」

 馴れ馴れしい呼びかけに、彼はムッとして振り返り、見知らぬ男を見つけて表情をさらに硬化させた。コロニー人だ。ドーマーは皆礼儀正しい。ドームの中の無礼な人間はコロニー人に決まっている。彼は質問で返した。

「どなた?」

 相手はニヤッと笑った。

「レイモンド・ハリス、レイって呼んでくれていいよ。」

 そこへゲストハウスの係をしている維持班のドーマーが走って来た。息を弾ませながら、彼はコロニー人に注意した。

「ハリス博士、1人で歩き回られては困ります。まだ施設案内の途中ですよ!」
「いいじゃないか、腹が減ったんだ。良い匂いのする場所に惹きつけられるのは当然だろう。君だってもう晩飯にしてはどうかね?」

 こいつが博士? レインは難しい顔のまま、ゲストハウス係を見た。ゲストハウス係は困った様子だ。 施設案内は正規の仕事で、ボランティアではない。係は後で上司に報告書を提出しなければならないのだ。
 レインは男に向き直った。

「ドームの規則に従っていただかないと困ります。係の者に迷惑をかけないで頂きたい。」
「私が迷惑をかけているだって?」

 ハリスは係を見た。

「迷惑をかけているかな?」

 係は困惑してレインを見た。どう迷惑しているのか説明しても理解してもらえない相手だ。レインがその態度が迷惑だと言おうとした時、彼の後ろで声がした。

「ヨォ、ポール、何をしているんだ、早く席に着けよ。」

 レインは振り返らなかった。見なくても誰だかわかった。彼のファンクラブに入っているアナトリー・ギルと言う若い執政官だ。ドームに来てまだ1年未満だが、レインに夢中で入会して間もないにも関わらず、すっかり幹部気取りだ。ドーマーが執政官に逆らわないことをいいことに、レインをいつもそばに置いておきたがる。ただ地球人保護法は守って素手で触れることはしないので、レインも気にしないで相手をしてやっている。
 そのギルが、ハリスと対峙しているレインのそばにやって来た。彼はハリスを見て、おやおや、と呟いた。

「貴方は紫外線効果の研究をされているハリス博士じゃありませんか?」