2018年3月15日木曜日

泥酔者 2 - 4

 ギルに恥ずかしい思いをさせられたレイモンド・ハリスは中央研究所の食堂へ行ってしまったのか、姿を消していた。ポール・レイン・ドーマーは食事を済ませると、まだお喋りに熱中している執政官達に「ではまた・・・」と言って立ち上がり、捕まらないうちに急いで食器を返却して運動施設に向かって歩き始めた。時刻を考えれば局長は食事の後で運動施設に行く筈だ。図書館は考えつかなかった。局長の図書館時間はお昼だ。だから局長が図書館でニコラス・ケンウッド長官、ガブリエル・ブラコフ副長官と共にブラコフの後任候補の履歴書に目を通しているとは夢にも思わなかったのだ。
 今時珍しい紙に印刷された履歴書の束をハイネ局長は気乗りしない顔で順番に眺めて行った。ブラコフは彼が目を通した書類をテーブルの上に広げて並べ、比較出来るようにした。紙に印刷したのはその為だ。画面では一度に10人分開示出来ない。大スクリーンが必要だ。
 ケンウッドはハイネの気乗りがしない理由がわかっていた。彼自身も同じ気持ちだったからだ。2人共、ブラコフがドームを去ると考えるだけで寂しいのだ。ブラコフはハイネに夢中で、ハイネは彼を孫の様に可愛がってきた。テロ事件の時は一緒に死線をくぐり抜け、ハイネは命懸けでブラコフを救ったのだ。ケンウッドにとっては教えることを何でも吸収してそれを発展させて考えてくれる素晴らしい弟子だ。彼のお陰で長官職を問題なくこなせてきた。ブラコフと同じ優秀な副長官など存在するだろうか?それにブラコフは気持ちの良い男だ。優しくて親切で細かい心配りが出来る。ドーマーの健康維持に気を配るのが役目の副長官にふさわしい人間だった。
 ケンウッドとハイネが黙って書類を眺めているだけなので、ブラコフが焦れて来た。

「何かご意見を聞かせて下さいよ・・・」

 ハイネが顔を上げた。

「データだけで人物像が拾えるものですか。DNAを読んで人間の性格を当てる様なものです。」
「しかし・・・」

 するとケンウッドが提案した。

「この10名と面接してはどうかな?」
「え? 直接会って見ると言うことですか?」
「うん。ドームに呼ぶ訳にいかないから、月で場所をセッティングすると良い。本部で部屋を借りるか、ホテルを利用するのだ。これはドームの職員を決めるのだから、経費を落とせる筈だ。」
「10名、全員が来られるでしょうか?」
「来ない人は真剣さがないと落とせば良い。」
「・・・そうですね・・・」
「10名から3名に絞って見なさい。その3名はドームで再面接を行って、ドームに馴染めそうか否か、観察するのだ。」

 ブラコフはハイネを見た。ハイネはケンウッドの言葉に頷いているだけだった。ドーマーに執政官を選ぶ権利はない。執政官が業務で行うことを反対する権利もなかった。
だが、ここでハイネが頷いているのは本当にケンウッドの提案に賛成しているからだ。
ブラコフはテーブルの上に広げていた10通の履歴書をかき集めた。

「仰せの通りに従います。助言をありがとうございます。」